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気になる話

このページでは氣と健康に関する話を中心に、皆様にお伝えしたい事を気の向くままに書かせていただきます。

私の独り言と思ってお読み下されば幸いです。

皆様も交流掲示板にホットニュースやヒーリング情報などの投稿をお気軽にお寄せ下さい。

No.56 内気功と外気功
平成23年12月1日

気功の書籍には、一般的に使われることが少ない気功独特の言葉があります。 内気功や外気功、あるいは小周天、大周天、意念などという言葉も出てきます。そんな言葉を駆使して書かれている書籍は、読んでみると理解が難しく、気功とは難しいものであり、簡単には習得できないものであるかのように書かれているのです。それは自分たちが行っている気功とは、相当な忍耐や修行をしなければ手に入れることが出来ないと暗示して、気功という世界を神秘的な行であるかのように思わせたいようであります。

気功の知識だけが豊富で実技の伴わない人は、気功を学問で習得できるかのように錯覚しているようであります。過日、気功太極拳を指導しているという人と、話をする機会がありました。彼は気功太極拳を20数年やっており、指導者としても10数年の経歴の持ち主であります。彼の説によれば、『太極拳で使う気は内気なので、人を飛ばしたり治療をすることは出来ない』と言うのです。これは明らかに内気と外気の区別が出来ていない証拠です。なぜなら太極拳は武術なのです。内気で武術を行うことなどあり得ない話ですから、仮に彼が行っている太極拳が内気であれば、太極拳ではなく、単なるお遊戯に過ぎないからです。太極拳の動きは、常に防御と攻撃を同時に表演しなければなりません。内気功では敵の攻撃を防御することも、こちらが敵を攻撃することも出来ないからです

言葉で内気や外気と言えば難しいのですが、本当はごく簡単に外気、内気を理解することが出来るのです。要は通常の腹式呼吸が内気であり、逆腹式呼吸が外気なのです。例えば敵にパンチを入れるとき、お腹を凹ましながらパンチを出すことは無いのです。そのパンチが強力であるためには息を吐きながら(あるいは息を止めて)必ずお腹が膨らませているのです。敵の蹴りや打撃を防御するにも息を吐きながらお腹を凹ましていては攻撃を防御などできないのです。

内気は息を吐きながらお腹を凹ませ身体を緩めることで、身体の内部から氣を湧出させ体内に氣を充満させる。あるいは氣を意識によって体内を巡らすことが出来れば良いのです。外気とは息を吐きながら、腹部に氣を圧縮することで腹部が膨らみ圧縮された氣を外部に放射することなのです。気が出ていない身体では攻撃も防御も不可能であり、内気で太極拳をやるなどと説明している指導者は、本当は氣を理解できていないのです。

内気功は自らの健康を養うために行い、外気功は外部に氣の作用を働かせるために行うものです。私の教室で行っている、立禅活整運動はまさに究極の内気功なのです。氣ヒーリングや操氣法は外気功であります。氣康法は理論や言葉で覚えるものでは無く、身体で覚えるものです、身体で理解するものです。難しく考える必要などないのです、器用な人なら私の個人指導を1〜2時間も受ければ覚えることが出来るほど簡単なものです。

No.55 原因不明という診断
平成23年10月1日

命に係わるほどでも無いのですが、体調不良で悩んでいる人は実にたくさんおられます。一昔前には、患者が症状を説明すると医師は患者の身体を診察します。目を診る、舌を診る、脈をとる、聴診器で心音を聞く、腹部を触診するなど必ず患者の身体を診ていたものです。

最新の医療機器が完備している病院では、医師が患者を診ることが少なくなり、見ているのは患者の身体ではなくパソコン画面の情報なのです。近年医療機器の進化と共に検査を重んじる傾向が特に強くなり、医師は触診などという不確実な手法を捨てようとしています。血液検査、検尿、検便、血圧、レントゲン、エコー、MRI、CTスキャン、内視鏡、ペット検査、組織検査、とにかく検査のオンパレードです。これらの最新検査を受けて、病気が見つかったり病巣を突き止めたり出来れば良いのですが、検査の数値や画像で異常が見つからなければ、『どこも悪くないですよ、気のせいでしょう』と言われかねません。

癌などが出来て細胞に異常がある場合や、脳梗塞などのように血液が詰まって血管に異常がある、あるいは骨格に異常がある場合は画像で判断が出来ます。また血液検査や尿検査、検便などで病気を見つけて病名を診断することも出来るでしょう。

問題なのは、最新の医療機器を駆使しても、検査数値も画像診断にも異常が見つからない病気が沢山あるということです。本当は検査で見つけることが出来ない病気で、悩んでいる人が断然多いということです。それらの病気は、直接命に係わることは無いのですが、身体や心の不調は辛いものです。めまい、しびれ、肩こり、不眠、耳鳴り、偏頭痛、不定愁訴なども検査では解らないのです。

現代医学の盲点は、検査で異常がなければその診断も『異常なし』と言うことになり、ひどい場合は『気のせいでしょう』と言われることもあります。不調で悩んでいるのですから『異常なし』というのも、おかしな話であり、本当は異常を見つけることが出来ないだけなのです。その原因は、先にも書いたように医師が検査機器に頼るあまり触診技術を磨いてこなかった結果と思えるのです。これらの症状がなぜ、最新の検査法で異常を見つけることが出来ないかと言えば、血液にも、骨格にも細胞にも異常がないからです。骨格に異常があったとしても、画像で判別できるほどの変異ではなく、ほんのミリ単位のズレなどから生じていると思われるからです。多くの場合は、筋肉の硬縮が原因で様々な症状に現れているだけなので、筋肉を緩めるだけでほとんどの場合は完治するのです。

自律神経失調症という診断をされた人やうつ病と診断された場合でも、硬縮筋を解放してあげればよくなる場合がほとんどです。病院で原因を突き止められない症状が、氣康ヒーリングで良くなるのは、身体を全部で一個としてとらえているので、頭が痛いからと言って、頭だけにこだわらず、全身で見ているからです。

筋肉は日本国中張り巡らされた道路が日本国中の道路につながっているのと同じく、筋肉も全身に繋がっているのです。頭が痛いといっても、足の先から手の先まで異常があれば、それを見つけて解消していけば良いのです。それをなるべく効率よくやるためには、筋肉の繋がりをよく理解することだけなのです。複数の骨が結合している頭蓋骨はズレ易く、そのズレが全身に関係することが多いので見逃してはいけない箇所です。また頸椎筋も全身に関係しています。特に頸椎筋の硬縮は、脳からの情報と末端からの情報が相互に行きかう通路であり、最重要な部位ですから首こり、肩こりには充分気を付けたほうがよろしいでしょう。

よく言われる自律神経失調症は、首こりが最大の原因であると思うのです。私たちの脳は大脳、小脳、脳幹の三脳が連携して私たちの身体を不自由なく働かしてくれていますが、自律神経を司る脳が脳幹であり、脳幹は首の後ろにあると思ってください。首に一番近い位置にある脳幹は、首が固まればダメージを受けて、十分な働きが出来なくなるのは当然です。原因をつかめない病気を仕方なく、自律神経失調症と診断した医師でも、頸椎筋の硬縮が自律神経を阻害しているとは知らないし、もし知っていても緩ます術を持ち合わせていないはずです。

私の経験上、全身の硬縮している筋肉を解放すれば、間違いなくたくさんの人が、身体の不調からも解放されるはずであります。現代医学の現場では、筋肉の硬縮は検査では異常として現れないので、『異常なし原因不明』という診断が下されるのでしょう。

No.54 身体の不思議
平成23年8月1日

私が氣の勉強を始めてから今年で26年の歳月が過ぎました。その間に氣の稽古やヒーリングを通じて沢山の方々から身体の働きとは実に不思議なものだということを学ばせていただきました。 例えば、体重50kgの人を抱えて持ち上げるのは簡単ですが、その人が体重200kgになったと思うだけで本当に重たくなって、簡単には持ち上がらなくなります。それを簡単に持ち上げるには、今度は持ち上げる人が相手は10kgになったと強く思うことで、200kgと思う意識より10kgと思う意識が勝れば簡単に持ち上がります。もちろん、体重計で測定しても体重が変化していることはありませんが、相手が感じる重さは確実に変化するのです。

最近私が教室の稽古で用いているのは、言葉による整体です。会員さんたちに言葉で、骨格、筋肉、関節、内臓などの修正を行うことです。仙骨、腰椎、胸椎など身体の部位を具体的に言葉にして、全身を緩めていきます。 会員さんたちは、私の発する言葉で自己整体をしてくれるのですから、私が個々に手を当てる必要が無いのです。言葉は10人でも20人でも人数に関係なく同時にヒーリング効果を出すことが出来るのです。

この方法が有効なのは、各自の細胞に意識がありその細胞が私の発する言葉に反応して動いてくれるからです。残念ながら、細胞のスイッチがオフになっている人は、言葉の波動をキャッチ出来ないので動くことが出来ませんが、これも稽古を重ねているうちに、受信できるようになって来ます。

言葉は耳で聞くものですが、身体も言葉を聞くことが出来るのです。また個別のヒーリングで感じることは、身体は全部で一個であるということです。普通の治療法は痛みや症状の出ている患部に治療を施すのが通例ですが、ほとんどの場合患部を治療しても治りが思わしくないことが多いのです。

私は、今までの体験から痛みのある患部よりも、関連した部位を治療することが大切だと感じています。なぜなら、近視は眼球に氣を送るよりも腕、肩、首、頭、など視神経の働きを促進させる部位に氣を送ることの方が効果が高いのです。また耳鳴りや難聴が足指の調整で治ったことも度々あるのです。 身体が全身手足の指先から頭頂まで、神経や筋肉によって神様でなければなし得ないであろうと思われるほど精妙に繋がっていることが解ります。頸椎と腰椎が繋がり腰椎と手指の一本、一本が繋がっています。肩関節と股関節、膝関節と肘関節の関連などあらゆる部位に反射している部位があることを体験してきました。もちろん身体は心とも密接に繋がっているので、心の病気と云えども身体の調整しなければ心の改善は無いものと思われます。精神的症状に坑精神薬を与えるのみの治療法は、その症状を改善することが望めないばかりか、医薬品にのみ頼って薬の服用を続けていると、さらに悪化している現状をみれば、身体のことを理解が出来ていない治療法ではないかと思うのです。

身体とは両親を縁としてこの世に生を享け、神に光の身体と精神を与えられ、肉の身体は光の身体と合体して初めて、パソコンのハードとソフトの関係と同じく生命体として活動できるのです。精神とはその文字が示すとおり『神の精』といわれます。 肉の身体は現世で活動するための乗り物であり、動植物の命の代償によりエネルギーを頂き、その生命を維持して活動することが出来ています。

私たちの身体には、神の精が宿り動植物の命が生きているのですから、人智の及ばない精妙な働きがあるのも納得できるのではないでしょうか。

No.53 細胞意識の存在
平成23年6月1日

私達の良く使う言葉に心身と言う言葉があります。文字通り心と身体のことを指しているのですが、実のところ心と身体の関係を説き明かすのは、とても難しく大変なことであり、本当のことは学者でもわからないのです。精神医学の先生や、宗教家、あるいは精神世界を研究している多くの人が、長年の研究でも解明に至らないのは、物質として捉えることのできる身体でさえも、何故生命が宿っているのかさえ解らないのですから、まして働きとしての存在は認識できても、見ることも触れることも、映像化することも質量を計測することも出来ない非物質の心(あるいは魂と呼ぶ)との関係は、鶏が先か卵が先かの論争の如く出口は見えては来ないのです。

宗教用語に【霊主体従】という言葉がありますが、これは私達の身体は物質世界であるこの世で生活するための借り物の道具、あるいは人生行路の乗り船という考えからきているのです。一方、心(霊)が主であるという考えには心または魂という存在は、肉体が滅びても魂は輪廻転生を繰り返すので、心(魂)は永遠であり神の子である人間の本質は意識、魂、霊であるという考えから来ています。

物質優先の現在では霊主体従の思想を持つものも少なく体主霊従になってしまって、物質である肉体に執着するあまりに、楽をしたい、美味しいものを食べたい、地位や名誉も手に入れたい、権力を握りたいなどその欲望は増すばかりとなるのです。肉体がすべてであると思い込んでいるために、心の働き、心が身体に大きな作用をしていることを無視している人があまりにも多いのです。病気になれば手術や薬などを用いて、外部から壊れた肉体を修理しようと働きかけてもそう簡単には治ってくれないのが現実です。

人は誰もが幸せになりたいと願っていますが、病気知らずの頑強な肉体の持ち主でも、心が満たされなければ必ず幸せとは言えないことからも判るように、幸せや嬉しさや悲しさは、物質の肉体よりも心で感じるものなのです。病気になるのも、病気が治るのも、幸せを満喫できるのも心が大きく作用していることは間違いないのです。

氣康ヒーリングでは、遠隔地の人に氣を送信して病気や痛みを取り除いてあげることが出来るのですが、これなどはまさしく心に働きかける以外の何物でもないのです。整体や指圧などの治療は骨格や筋肉に直接加圧して物質の肉体を整える治療法です。遠隔ヒーリングでは、直接身体に触れることは不可能ですから、患者の意識(細胞意識も含む)に働きかけることで遠隔ヒーリングの効果があるのです。もしも肉体だけが人間であるなら遠隔ヒーリングなどで効果が上がることなど絶対に、有り得ないと思うのです。意識(心)とは肉体を支配する存在でありますが、魂と呼ばれる主なる意識とは別に、全身60兆個あると言われているすべての細胞に、個々の細胞意識があるのです。

細胞に意識があるということを、確認できる方法があるのです。リラックスした状態の人の身体に言葉で命令を行うと、命令された身体の部位は本人の意思に関係なく命令された通りに動き始めます。例えば『右腕が挙がってください』『腰椎一番動いてください』など指示するだけですから簡単に実験が出来るのです。被験者の本人がその命令に逆らっても、身体は命令された通りに動くのですから細胞に意識がなければそんなことにはならないはずなのです。

多くに人が自分自身だと勘違いしている【生の肉体】と、神様から頂いた【ひかりの身体】が合体している状態で人は生きているのです。【ひかりの身体】には魂と呼ばれる永遠の意識があり、【生の肉体には】細胞意識があるのです。人が快適に暮らすためには、肉体も精神も健全でなければなりません。痛みや病気は細胞意識が苦痛を訴えているのかもしれません。自分の行っていることや、考えていること、話している言葉なども含めて、日々の生活全般を魂や細胞意識が喜んでくれるように心がけたいものです。

生命は生存することが目的
平成23年5月1日

すべての生物は生存するために生きていると言われています。そのなかには種族の保存という天命があり、その目的を達するためには食欲や性欲が与えられているのです。台風などで横に倒れた草木も倒れたまま横に成長をすることはないのです。時間と共に天に向かって自らの身体を修整して成長しています。 それはより快適に生存したいという現われに他なりません。

私達は怪我や病気など苦痛を伴うような事態を好む人はいないのです。出来れば快適な生活を継続したいのですが、望むと望まざるにかかわらず病気もあれば怪我もあります。なかでも忌み嫌われている死は、誰もが回避することの出来ない命ある者の定めです。精神や身体に異常が起これば、生存の障害となり、その障害が大きければ生存そのものが絶たれてしまうのです。快適に長く生存するためには、その障害をより早く解消する必要があり、その働きが自己治癒力なのです。

自己治癒力はあらゆる生命体が保有している能力であり、本人の意思に関係なく自動的に発動するように出来ているのです。怪我や病気が治らないのは、生存するための活力が低下して自己治癒力が充分に働かなくなっているものと思われます。怪我などで骨折をすれば、病院でギブスを装着して骨折部位が動かないように固定をします。このギブス装着は骨を固定することで正しい形で骨が繋がるようにするための助けであり、ギブスを着けたから骨が繋がるのではありません。あくまでも骨が繋がるのは自己治癒力が働くことで繋がるのです。

骨折が繋がるのも傷口が塞がるのも自己治癒力であり、傷口を縫合するのはその傷口が早く塞がるための手助けであり、縫合したから傷口が塞がるのではありません。誰しも怪我や、病気をすれば病院で適切な手当を受けますが、治り早い人と、治りの遅い人があるのは。自己治癒力の働きが左右するからです。

生存するためにも、怪我や病気を快復するためにも自己治癒力を無視することは出来ません。 自己治癒力を疎かにしていては、治る病気も治らないのです。自己治癒力を度外視して、薬や手術に頼る医療はもはや限界に来ているのかもしれません。その典型的な例が抗癌治療です。抗癌剤や放射線で治癒力を壊滅状態まで追い込んで、『出来るだけの治療は施しましたが残念でした』とお悔やみを言われても後の祭りなのです。

生命あるものは、いつの日か死を迎えるときが来るのは明白ですが、誤った生活や、誤った治療で命を縮めることだけは避けねばなりません。最新医療で助かる命がある一方で、治らない病気、治せない病気が溢れているばかりでなく、過度の治療で苦しんでいる人や、命を縮めている例も数え切れないほど沢山あるのではないでしょうか。自分の人生がそんな悲しい結末にならないためには、日頃から正しい健康管理を怠らないように心がけて、自己治癒力の低下するような生活から脱却すれば、病気になりにくい身体、病気になっても治りが早い身体になれるのです。

No.51 最良の治療法は自己努力
平成23年3月1日

日本国中病人で溢れています。病院が足りない、医師が足りない、看護士が足りないと、関係者は、足りないことばかり声を大にして訴えているようですが、解決の道は遠いようです。

本当なら病院や医師が足りないと言う前に、病人を減らせば解決するのですが、病人が減るということは、医薬品業界も医療業界もお客様が減ると言うことですから、誰も病人を減らしましょうなどと口にする、人はいないのです。

糖尿が治らない、高血圧が治らない、花粉症が治らない、アトピーが治らない、リュウマチが治らない、医学が進化したと言いながらも日本国中治らない病気のオンパレードです。まして難病と言われる病気はなおさら治らない、治らないのか治そうとしていないのか疑問に感じることが沢山あるのです。

なぜなら病院で不治を宣告された病気でも、治っている人は沢山居られる事実に目を向けることなく、治らない患者に自ら治りませんと宣告している治療を施しているのですから、医学界とは不思議な世界と思えてなりません。

現代医学で治らないといわれている病気でも、様々な手法でその病を克服された人はたくさん居られるのです。であればこそ、手段や方法に捉われることなく病気を治すためには、実際にその病気を克服した人を研究するのが近道だと思うのですが、医学の常識というのが邪魔をするらしく、民間療法などで難病が完治しても、学問で凝り固まっている先生方には取るに足りない出来事のようです。

病院で『治りません』と宣告されたにも関わらず、リュウマチを完治した人、花粉症を完治した人、難病指定の病気を改善した人、成人性喘息を完治した人、難病のマック症を改善した人、側湾症を完治した小学生、複数軒の病院で不治を宣告された歩行不可の関節炎を改善した人、その他『手術しなければ治らない』と宣告された、椎間板ヘルニアや腰椎すべり症、脊柱間狭窄症、加齢を理由に治らない宣告をされた症状、あるいは慢性的肩こり、偏頭痛、しびれ、震え、チック症などのありふれた症状でも病院では治らなかったけれど、諦めずに自己努力をした結果それらの症状を克服した人をたくさん知っています。

それらの患者さんが再度検査のために病院に行っても、検査結果が良ければ『もう良くなっているので通院の必要はありません』と言われるだけで終わりです。

ある女性が喘息になり、呼吸器専門の病院に行って診断の受けると、『成人して発症した成人性喘息は死ぬまで治りません』と言われました。3年間その病院に通っていたそうですが、あるとき知人の紹介で氣康教室の会員になり半年ほどしてから受診すると、『もうあなたの喘息は完治しているから来なくていいですよ』と言われたのです。
病院で治らないと言われた喘息が治っても、私にとっては特別に驚く出来事ではないのですが、自分で『一生治りませんから』と診断した医師も、治ってしまえばその患者は、もうお客様ではないので、まったく興味が無いようです。

またある女性が別件で病院に行って、たまたま癌を発見されました。医師は『癌腫瘍は3センチの大きさになっていますので手術しなければ余命3ヶ月です』と宣告されたのですが、手術も抗癌剤治療も受けることなく半年で克服した実例もあります。

半年後に検査を受けたところ、『あれは癌では無かったようですね』と言われたそうですが、もしそれが事実で手術を行ったなら、誤診もいいところです。本当は誤診ではなく癌が消えていたのですが、癌が消えるなど有り得ないと思っているために、『癌は最初から無かったのでは』自分が癌であると診断して、『手術をしなければ3ヶ月の命です』と宣告したのですからその診断に自信があれば、なぜ癌が無くなったのか、疑問に思って【なぜ、どうして】と追求すればがん治療の参考になるはずですが、病院外の治療方法にはまったく興味を示さないのが、不思議と思えてなりません。

また難病中の難病ともいえる小脳が萎縮する病気で、歩行困難、言語障害などが進行して最終的には、運動機能が衰えて身体動かなくなり車椅子生活から寝たきり、そして最期を迎えると言われている病気になった女性が、絶対治りたい、このまま死ぬのはイヤだと思って、ネット検索したところ、ある整体院で自分の病気でも良くなると書かれているホームページにたどり着き、その整体院の治療を受けるようになり、その整体院の先生が私の友人であったために、紹介でときどき私のもとにも来られるようになったのですが『絶対治らない、治療方法が無い、治療薬も無い』と言われていたにも関わらずその症状はどんどん軽減していきました。医療保険金請求のために診断書を毎月出さなければならないそうで、3ヶ月ほど経過した頃、病院で診断書を頼んだところ、『こんなに良くなっているので保健請求の診断書は発行できない』と断られたそうですが、『何でこんなに良くなっているのですか』とは聞かれないのです。

患者さんは、医師の安易な治らない宣告を信用してはいけません。生きている限り治る可能性は残されています。その方法がわからないだけなのです。

治らない宣告をされた患者さんが、病を克服した陰には自己努力が大きな存在となっているのです。治す方法を捜し求めて自己努力を重ねた人が、病苦を克服できるのではないかと思うこの頃です。

50 腕振り運動の効用
平成23年1月1日

活整氣康の稽古では、氣康体操の最初に腕振り運動を行います。腕振り運動のことを、中国気功では“ソワイショウ”と言うそうです。私自身は中国気功を習ったことは無いので、中国気功の内容を詳しくは知りませんが、氣を修練、氣が上達するのは中国も日本も関係なく、身体を緩めることに尽きるようです。

私が氣康体操に腕振り運動を取り入れたのは、私自身の身体に発動した活整運動を体操として行っているだけなのです。

活整運動とは身体を緩め、意識を緩め、究極の緩み状態に静入すると、身体が自動的に必要な動きを発動して氣のめぐりを促進して、緊張している筋肉、歪みや変異している骨格、内臓を正常化に導く自動運動です。その中で腕振り運動が発動するのは、首や肩関節、肩甲骨など上半身の緩みを促進するために、腕振り運動が起こるのです。

この腕振り運動六種の動きを氣康体操として取り入れています。

第1運動 前後振り
第2運動 交差振り
第3運動 横振り
第4運動 開閉振り
第5運動 転換振り
第6運動 捻転振り

教室での稽古では時間の都合で、五種類の腕振り運動を各20回ほど行いますが、会員さんには自宅で各100回宛てを1日に1回〜3回くらい行うようにお勧めしています。六種類の動作を各100回行えば、1回の運動で600回の腕振りを」行うことになります。身体が重たい、身体がだるいなどの体調不良、不快に感じるのは首や肩が硬くなっている、つまり肩こり、首こりが原因しているのです。多くの人が悩んでいる、頭痛や目まい、耳鳴り、視力低下、握力低下、精神障害、内臓障害までも首、肩の異常が原因していると言っても過言ではないのです。腕振り体操は肩関節、肩甲骨、首、腕、脊椎、肋骨、股関節など関連している骨格や筋肉、内臓までも緩めることが出来るのです。これらが緩めば身体が軽くなり、快調な生活が出来るようになります。

腕振り運動は、体力も年齢も関係なく器具も不要で、屋外でも屋内でも何所でも出来る手軽な体操です。安易な医薬品に自分の健康を委ねるのではなく、身体に良いと思う行為を一つでも多く積み重ねることが大切なのです。

No.49 身体が腐る
平成22年12月1日

食べ物は、鮮度が落ちると腐ります。賞味期限が過ぎても腐ってさえなければ、食べられますが、腐ってしまえばゴミ箱に直行です。私たちの身体も手入れが悪いと腐るのです。脳みそが腐れば認知症です。細胞が腐れば癌です。血液が腐ればあらゆる病気の原因になります。

加齢による物忘れや身体の不調は腐りかけている途中過程かもしれません。いかに健康な人もやがては死を迎えますが、健全な死に方は老衰で死ぬことであり、寿命が尽きて枯れてゆくのです。病気などで死ぬのは身体が腐って死を迎えるのです。

現代人の多くは、病気になって死ぬことが当たり前だと思っているようですが、野生の動物や虫たちは、病気にならずとも死んでいるのです。蝉などは元気いっぱいに大きな声で鳴くだけ鳴いて、一週間という限られた命を終えています。昆虫たちも一夏の生を享けて、命の連鎖という役目が終えると死んでゆきます。知恵のない虫や動物たちでさえ病気をしないで一生を終えることが出来るのに、万物の霊長とまで言われる人間は、病気で苦しみながら死んでゆくのです。そこには文明と言う名の下に、自然界の掟に逆らう生活をする愚かな人間の悲しい性なのです。大地を汚し、空気を汚し、水を汚し、自然界に存在しない科学物質を作り出して、食べています。また便利を追い求める結果、身体を使わない、肉体労働を回避するシステムが日本中に溢れているために、山村で暮らす人たちにまで糖尿病患者が増加しているのです。現代人の身体は腐っているのです。

皆さんがご存知のように、私たちの身体は60〜70%が水分であるといわれています。流れる水は腐りませんが、ため池や花瓶の水は簡単に腐ります。遠洋に出る船舶に積載している水は腐らないのです。それは海面で船が常時揺れているために船倉の水を揺すっているのと同じだからです。大部分が水分で占められている私たちの身体は、動かさなければ腐ります。脳も動かさなければ腐ります。骨も筋肉も動かさなければ固まります。野生の動物たちが腰痛や膝痛で歩けなくて困っているのに、出くわしたこともないし、公園の鳩が五十肩で飛べない姿に、お目にかかったこともありません。野生の動物たちは自分の身体で命を支えているからです。私たち人間のように他人に依存する、薬に依存することは出来ないからです。彼らは全身を使って生きているのです。

人が加齢と共に、身体に柔軟性が乏しくなるのは、動かさないからです。ボケが来るのも脳を動かさないからです。要するに人間には甘えや楽をしたいという思いがあるためにお手入れが悪いのです。私の知人で現在八十一歳になる男性が居られますが、彼はタバコ店を営むかたわら、本業の機械設計の仕事もこなして、週に3回の居合道の稽古と週に2回の合気道の稽古を続けているのです。頭も使い、身体も使う、これこそ私たちがやらなければならないことなのです。

死ぬ直前まで身体を腐らさないためには、動くことです。
楽を求めないことです。
薬に頼らないことです。
美食を慎むことです。
頭を使うことです。
笑うことです。
健康は自分で掴むものです。

No.48 活整運動で身体を修整する
平成22年11月1日

活整氣康法の稽古の第一の目的は、健康になることです。健康とは健やかな身体と、康らいだ精神を保持して、心や身体に痛みや苦しみが無く快適に過ごせることが出来ることです。

人は指先に小さなトゲが一本刺さっただけでも不快になります。まして命に関わるような怪我や病気になれば、不快度は最高潮になるのです。加齢と共に体力、気力が低下して、身体も固くなり若い頃のように、快活に動くことが次第に困難になるのです。やがて訪れるであろう、死について考えさせられる年齢です。長生きを望んでいる人でも、病気になってまで長生きはしたくないと言います。寝たきりや難病で苦しむぐらいなら、健康なうちにコロリと死んだほうがいいと考えている人が殆んどですが、寝たきりになりたくないと言いながら、介護されなければ生きていけない病人が沢山居られるのは何故でしょうか。それは健康で過ごしたいと頭で考えるだけ、口で言うだけで行動が伴わない人が余りにも多いということではないでしょうか。

口では健康、健康と言いながら夜更かしをする、美食はする、深酒をする、運動はしない、すぐ薬に頼る、口を開けば人の悪口を言う。これで健康になれるはずはありません。

最近思うのですが、病気になりたい人はどんどん病気になれば良いのではないかとも思うのです。なぜなら病気になっても生きている限りは、世の為、人の為に役立っているからです。病人のお陰で生計が成り立っている企業も人も多いので、病気も日本の経済効果に貢献していると思えば、良いのかも知れません。病気になって社会に貢献するのも自由であり、健康で社会に貢献するのも自由です。病気を選ぶのも、健康を選ぶのもそれぞれの自由な社会の仕組みなのです。出来れば私は健康で、ささやかでも社会貢献が出来る人生でありたいと願っているので日頃から健康には注意を怠らないようにしているのです。

世の中には、身体に良いと言われている健康法は沢山有ります。私が指導している活整氣康も、たくさん有る健康法の中の一つだとお考え頂きたいのです。いくら氣康を熱心に行っても、食事や睡眠など基本的な生活習慣が悪ければ、健康になることは難しいのです。

基本的生活習慣を正して、身体を柔軟にする氣康体操、身体のエネルギーを高める呼吸法、身体の変異を修整する活整自動運動を行えば、骨格の修整、筋肉の弛緩、内臓の正常化など労せずして身体の悪い箇所を修整して健康になることができるのです。

氣康体操とは手足の末端から体幹部まで、筋肉や腱(筋)が縮んで、可動域の悪くなった関節の柔軟性を高める体操です。呼吸法は胸式呼吸、腹式呼吸、足芯呼吸の3種類を基本にした呼吸法で、エネルギーを強化する働きがあります。健康法として行っている体操も呼吸法も、指導者によって特徴がありますので、若干の違いはあっても、珍しいものではありません。

泉の会で指導している活整氣康の特徴は、何と言っても活整自動修整運動です。縮めて活整運動と言っている運動ですが、初めて教室に来られた人が一番驚くのが、この活整運動を見たときです。中国気功ではこの動きを自発功と呼び、野口整体では活元運動と呼んでいるようです。一般の人なら、その言葉も知らないし、まして活整運動などというものを見たことも無い人が、ほとんどですから、見学や体験に来られた人が始めて目にすると、驚くだけでなく、理解に苦しむ運動だからです。

この運動は真似ても出来ません。練習したから出来るのものでも有りません。普通の運動などは、練習すれば出来るのが当たり前ですが、練習しても出来ない運動もあるのです。運動そのものを真似ても練習しても活整運動は出来ませんが、逆に心身のリラックスができている人なら、いとも簡単に活整運動を出すことが出来ます。

活整運動は、運動そのものを練習するのではなく、身体を緩める、氣を巡らすことが出来るようになれば、体内から自動的に運動が湧いて出てくるのです。体内から湧き出る動きなので、筋肉を使う運動とは、まったく異なる運動なのです。それに活整運動に形はありません。人それぞれが自分に必要な運動をするのです。

肩を動かす人、腰を動かす人、腕を振る人、身体をねじる人、ぴょんぴょんと飛び跳ねている人、まれには大声で泣く人や歌を謡う人まで現れます。そうして変異した骨格を修整し、硬縮した筋肉を緩め、下垂した内蔵を正常化する働きが起こりストレスまでも解消してしまいますもこれは外部から行う加圧療法と違って、自己修整をする運動なので無理もなく無駄も無く、理想的自己整体ともいえるのです。20〜30分も活整運動を行った後は、気分が爽快になり身体も軽くなります。気が付けば、嘘のように痛みが消えている、動きがスムーズになった、精神的にもリラックスが高まります。

この運動は、ヨガや太極拳などの他の健康法には無い、氣の世界だけに存在する特殊な運動なのです。 活整氣康法は、氣のめぐりを良くするために、稽古日には必ず活整運動を行う時間を設けています。根拠が在る訳ではないのですが、活整運動を続けていれば癌の予防にも繋がるのではないかと思っております。二〜三人に一人が癌になると言われている中で、開講以来過去七年間において活整氣康の会員さんから癌患者が一人も出ていないのですから、癌予防に役立っていると言っても良いのではないでしょうか。

No.47 身体を整える
平成22年10月1日

健康であるためには、身体を整えなければなりません。動物でも機械類でも、動くものはバランスが悪くては、よい動きができないのです。例えば、自動車の車輪が、左右大きさが違えば真っ直ぐ走ることが出来ないし。飛行機も翼が左右の大きさや角度が違えば、安全に飛ぶことが出来ないのです。人間も左右対称に均整が取れていることが理想の姿なのですが、不均衡を助長する生活習慣や、スポーツや仕事などで身体の使い方が偏りすぎると身体は歪み、ねじれ、曲がりなどが生じます。

街の治療院では『身体のバランスを整えると、健康になれます』という看板や、チラシ宣伝を出していることが良くあるのですが、宣伝しているほど簡単には治らないのが現実のようです。

脊椎の垂直度
(頚椎、胸椎、腰椎、仙骨に歪みやねじれが無い)

肩の均衡
(左右の肩位置が同じであること)

骨盤の均衡
(腰骨の高さが左右同じであること)

手足の左右同長
(左右の手足の長さや可動域角度が同じであること)

自分の姿を鏡に映して、これらの箇所を注意して観察すれば悪い箇所は自分でもチェックすることが出来ます。

身体をチェックする際に、もう一つ注意するのは可動域の左右バランスも観察することが大切なのです。人間の動きは、得意と不得意の方向があり、身体を動かすと左右が同じ角度や同じ範囲で動かない場合が多いものです。これら骨格や筋肉の変異を修整するには、治療院の施術より自分で体操(ヨガや氣康体操、活整運動)をするのが一番効果的でもあり、安上がりでもあり、安全でもあるのです。

骨格の歪みは見た目に悪いばかりでなく、神経の流れを阻害して、内臓圧迫なども起こりますので老化を早め、やがては取り返しの付かない、難病になることも考えられるのです。頚椎が変異すれば、肩こり、腕こり、耳鳴り、難聴、視力低下、握力低下、偏頭痛、自律神経失調、などなど驚くほど多くの病気を誘発するのです。胸椎、腰椎の変異も心臓、呼吸器、其の他あらゆる内臓諸器官に影響があることを、知らねばなりません。

健康であるためには、脊椎の歪みを修整することは、とても大事なことなのですが、悲しいことに自分の身体が歪みや可動不良が原因で病気になっていることに気が付かない人が多いのです。均衡の取れた身体は見た目にも美しく動きもスムーズです。

病気になって診察を受けると、病院では沢山の検査を行い、大量の薬を処方してくれますが、身体の歪みを指摘してくれるような医師はいないようです。本来なら痛みや病気の原因となっている、骨格の歪みや変異、筋肉の硬縮を解消して、それでも改善しないなら、それから手術や、薬という対処をしても遅くは無いはずなのです。血液検査も、レントゲンも病気を見つけるためにだけやっているので、病気の予防に役立てている患者さんも医療機関も少ないのです。

難病で苦しんでいる人も最初から難病になったのではないのです。難病発症の以前から身体には警告が出ているはずですが、小さな警告を無視して働きすぎ、遊びすぎ、飲みすぎ、食べすぎ、などなど続けた結果が大きな代償を払わねばならなくなるのです。

難病とは治らない病気、あるいは治すことが困難な病気であり、難病になって治すことの努力は並大抵ではありません。また必死に努力をしても治る保証も無いのです。治療のための経済的負担、肉体的苦痛、精神的苦痛を考えるなら、普段から病気にならない努力をしておいたほうが、努力もお金も少なくて済むのです。

健康でありたい人は、少し時間に余裕を持って、自分の身体をチェックしていただきたいものです。過ちは早めに修整すれば取り返すことも可能ですから。

No.46 絶好調であるために
平成22年9月1日

『お元気ですか?』と声をかけられて、『はい! 絶好調です。元気です』と答えられる人がどれ位おられるでしょうか。若い内ならいざ知らず、中高年ともなれば、少なからず病気や痛みなど身体に不調な部位を持っている人がほとんどです。

年齢と共に交わす挨拶や、話題も変化してきます。若者は仕事や遊び恋人の話。年齢が上がるにつれて結婚の話題、その時期も過ぎれば次は子供の成長と進みます。やがて子育ても終わり、年金生活者になった頃には身体の心配、病気、健康、病院など、その話題は進歩や希望の無い、暗い話が中心になってくるようです。血圧や糖尿など、すぐさま死に直結しない病気なら、世間話のつもりで聞くことも出来ますが、癌などの病状を聞かされるのと、聞くほうも辛いものがあります。自分の病気が、すごく大変なことを周囲にアピールしている人たちが、世間には本当に沢山おられます。

人は何故、自分の病気を自慢したがるのでしょうか?複数の病気を持っている、薬を沢山飲んでいる、何時間もかかった大手術をしたなどと、病気の見本市が開けるのではないかと思えるほど、街中に病気自慢の人がおられます。自分の病気を訴えることで、注目してもらいたい、労わってもらいたいなどの理由はあるでしょうが、心と身体の仕組みを考えれば本当に馬鹿な行為と思えるのです。

自分病気を自慢する、あちこち痛いと言う、言えば言うほど身体は悪くなり、治らなくなるのです。なぜなら身体の細胞がすべてを聞いているために、本人の言葉に同調するのです。少しぐらい痛くても、人に聞かれた時は『絶好調です』と答えればいいのです。絶好調と言われれば、その言葉を聞いている身体は絶好調に同調してくれます。生れて以来、60年も70年も使わせていただいた身体ですから、幼稚園児や小学生に身体のように、しなやかな動きをすることは無理ですが、心がけ次第で老朽化を遅らせて病気を予防することは可能だと思うのです。

中高年者の身体は、車で言えばロクに手入れもせずに、文句ばかり言いながら使い古した中古品、それも廃車間近のポンコツですから、痛みや病気は当たり前だと考えている人が多いのですが、同じ年月を使用しても、ポンコツ同然の人もいれば、新品同様に快適に動くことができる人もおられます。若者に負けない気力や体力を持っている高齢者は、常日頃から身体に対する心がけが違うのは明らかです。

肩こりをしても、自分が肩こりであることを自覚することが出来ないほど、感覚が鈍った身体。腰が曲がってもそれを修整する努力もしない無気力な身体。腕が挙がらない、首の動きが悪い、足腰が痛いなど、様々な不調も年齢だと自分であきらめる人、あるいは医療機関でも高齢だから仕方がないと言われて無理やり諦めさせられている人などがとても多いのです。 壊れた物品なら買い替えも修理も出来るのですが、生身の身体は代替品がありません。この身体は誰かと共有して使っている人は無いのです。すべての人が生れたときから自分専用で使ってきた身体です。壊した人も、壊れないように大切に使ってきた人も、すべては自己責任であるといえるでしょう。

痛みや不調で苦しんでおられる人は、今からでも身体が喜ぶことを沢山することです。氣康や太極拳、ヨガ、自彊術、真向法、呼吸法など高齢者でも、その気になれば手軽に取り組めることは沢山あるはずです。80〜90の高齢なら仕方が無いかもしれませんが、60歳台の人でも病院では『歳ですから』と言われるようです。医師が『歳ですから』と言う年齢の根拠は何歳なのでしょうか。治せないことを患者の年齢に責任転嫁をして、ごまかすなどは卑怯者の言動でしかありません。そんな医師を相手にしないことです。

快適な生活をしたいなら身体に感謝して、自分で身体を動かすことです。なぜなら病気を治すことが出来るのは、自分の治癒力だけなのです。一日一ミリでも良くなれば、いつか快適な生活が出来るはずです。生きている限り治る可能性はあるのです。そしてあなたの人生は絶好調の毎日になれるのです。

No.45 自律神経失調症
平成22年8月1日

自律神経とは何でしょうか?体調が悪くなって病院で診察を受けると、原因不明と思われる症状や、はっきりとした病名を付け辛い症状は、自律神経失調症と診断される場合がとても多いようです。

【自律神経とは】

自律神経は、呼吸、循環、消化、排泄、発汗などの関係している神経で、意思とは無関係に働く神経です。不随意神経あるいは植物神経とも呼ばれます。

自律神経には、互いに反対の働きをする、交感神経と副交感神経の二つの神経系からなっています。

その働きは、例えば、(血圧の上昇と低下)(瞳孔の拡大と収縮)(血管の収縮と拡張)など交感神経と副交感神経の反対する働きの現われといわれています。

インターネットで検索すれば、自律神経失調症の原因や症状、またその治療法など詳しい情報がたくさん公開されておりますように、悩んでいる人たちが多いことを物語っています。

現代医学的な解釈はさておき、私が体験した事項を基にして、私流に自律神経を解説すれば次のように考えております。自律神経とは【自分の意思によらない生命の働きを司っている神経】であり、その働きが悪くなると生命の危険に晒されます。

自律神経の働きが低下すると、心臓も血流も消化器官も働きが低下するために、重大な病気の引き金となるのです。自律神経の働きである循環作用は、血液、リンパ液、髄液、酸素、氣の流れを作用しているので、循環が悪くなれば大変なことが判ります。排泄作用にしても排便、排尿、発汗、涙、唾液など排泄が滞れば生きて行けなくなるのです。

私たちが飲食した食物を消化するのも自律神経の働きです。寝ている間も何の文句も言わず胃腸が働いてくれるのも自律神経の作用であることを考えれば、自律神経が正常に働くことがいかに大切なのかわかるのです。そして、命の要である、心臓や呼吸さえも自律神経の守備範囲にあると言うことです。

自律神経の働きが低下する最も多いと思われる原因は、肩こりなのです。たかが肩こり、されど肩こり。たくさんの人が、肩こりで悩み毎日のように各種の治療を受けている人、医薬品に頼っている人など様々ですが、そのいずれの方法も肩こりを解決はしてくれません。

マッサージなどの外部からの刺激による治療は、凝り固まっている深層筋を緩めることが出来ないことも大きな原因ですが、症状の現れている肩のみを治療のポイントにしているために、肩こりの元凶である手指や腕、腰、頭蓋骨の変異などを無視した治療法が殆んどであるからだと推測されます。

自律神経の働きをスムーズにするためには、身体を大局的に観察して、硬縮した筋肉を緩め、身体に遊びを持たせねばなりません。筋肉や骨格、関節に遊びが大きければ、外部からのストレスを吸収できるので、ダメージを少なく抑えることが出来るのです。真の健康体を創るには、自分で身体を動かして、緩めていくことです。外部からの力(整体やマッサージ)で筋肉を緩めたとしても、意識が同調しないのです。自分の意思で緩めてこそ身体と意識が同調して、本当の健康体を作ることができるのではないかと思うのです。

No.44 氣結び
平成22年7月1日

『氣結び』とは、一般の人たちにとっては、聞きなれない言葉ですが、私が主宰している活整氣康では氣結びを大切にしています。氣が理解できなければ、氣結びも出来ないのです。家庭にある」固定電話は、電話線で繋がっているのですが、同じ電話でも携帯電話には電話線がありません。電話線が無くても話が出来るのは、双方の電話機のスイッチを入れて、お互いが発する音声や映像を電波に乗せて運んでいるのですが、電波が繋がっていなければ情報を交換することが出来ません。

氣結びと携帯電話の働きは良く似ております。いかに便利な携帯電話でも相手側が受信拒否や電源を切っていれば決して繋がりません。氣結びも、片方が氣を発しても、相手側が受信する意識が無ければ氣は結べないのです。発信する能力と、受信する能力があり、尚且つお互いが氣を合わせることで氣結びが出来るのです。

具体的に氣結びとは、どんなことが出来るのか説明したいと思います。

一番理解し易いのは、テレビで気功師といわれる人が、氣で人を飛ばしたり、倒したりする業の披露をしていることがありますが、これなども氣結びの為せる業なのです。飛ばす人と、飛ばされる人の間には眼には、見えない氣で結ばれているのです。氣結びの簡単な実験として、二人で背中合わせになって、相手の背中と自分の背中を接着させて歩いてゆきます。うまく氣結びが出来ていれば、相手が離れず付いてきます。手や腕、などでも氣結びの実験は簡単に出来ますので、氣を理解する初歩として、やってみるのも面白いでしょう。

柳生新陰流といえば、普通では不可能としか思えない、真剣白刃取りという業が有名ですが、これなども氣が使えてこそ実現可能な業なのです。頭上から振り下ろしてくる真剣を、素手で止めることは不可能ですが、相手の動きを氣で制止してから刀を取ることは可能なことが解ります。私も氣のセミナーなどで、人前で演じることがあるのですが、氣を受信してくれる相手でなければ、この業を成功させることは出来ません。ここでも相手と氣結びが出来ていれば、白刃取りを成功することができます。
相手を選ばず、真剣白刃取りが出来るようになれば、氣の達人といえるのでしょうが、私のレベルでは相手を選ばなければ、出来ないのが残念です。

氣を結ぶとは、相手と氣をあわせることにも繋がります。すなわち争わないことなのです。争いから平和は生れないとよく言われますが、私たちの生活でも争いは避けねばなりません。争いから生れるのは、憎しみや恨みであって。愛や感謝の心ではないからです。怒りは自らの身心を蝕み、不健康になるのです。

氣結びは相手の気持ちとあわせることで可能になります。氣結びの心で楽しく健康に暮らしたいものです。

No.43 氣の流れ
平成22年6月1日

血液は血管の中を流れ、リンパ液はリンパ管の中を流れる。血液もリンパ液も物質として存在しているので、物質としての通路が必要なのです。私たちが移動するためには、乗り物や自分の手足を駆使して身体を移動しなければならない。私たちが暮らしている現世は物質が優先される世界ですが、物質として存在しない心は、時間も距離も何らの制約を受けることなく、瞬時に移動することが出来るのです。

自然界にある“氣”も、私たちの身体の中に流れている“氣”も物質として存在はしませんが、さまざまな働きとして存在しています。

病気とは、『氣が病んでいる状態を指す』とよく言われますが、気が病むとは、氣の流れが滞っている状態だと考えられます。

自然界を観察すれば、水は川という、水の通路を流れています。その一方では、地下水という流れ方をしている水もあるのです。

岩手県の岩泉という町に、龍泉洞という鍾乳洞の洞窟がありますが、その洞窟の一番奥には地下水が貯まって出来た、神秘的な湖が有ります。この湖は水深90メートル余りの深さまで肉眼で見ることができる、透明度が高く、日本一の名水と言われる水質を有しています。ここの地下水は、岩手の山々に降った雪や雨が、数千年もの長い年月をかけて、岩盤や地中を通過して、この湖にたどり着いているのだそうです。これらの地下水も地震などで地盤が変動したり、トンネルなどの地下工事などの後には、地下水の流れが遮断されたり、迂回したりするので、今まで出ていた湧き水が、出なくなることも良く有ります。

私たちの身体に流れている“氣”は自然界の地下水の如くに、細胞や骨の中まで浸透しながら道なき道を通り、身体の隅々までエネルギーを運んでいるのです。過酷な労働や運動などで、筋肉を硬縮させると、骨格が歪むことになり、地下水の地盤変動と同じく“氣”の流れは阻害されます。また手術などの後に“氣”の流れが悪くなるのも、地下工事などで地下水の通路を、遮断された状態と同じではないかと考えられるのです。身体が硬くなれば“氣”の流れが悪くなります。“氣”の流れで言うところの身体が硬いとは、前屈や開脚などの可動域が大きいことを指す柔軟性と同一ではありませんが、関連は少なからず有ります。

氣康的に言うところの身体が柔らかいとは、関節の可動域の大きさでは無く、細胞の柔らかいことを、身体が柔らかいと指しています。

関節可動の悪い人、前屈や開脚の出来ない人のことを、身体が硬いといいますが、そのような人でも“氣”の流れがとてもいい人がおられるのです。

関節可動の悪い人は、日常的に身体が柔軟になるような使い方、動かし方をしていないために関節の可動域が小さくなっているのです。硬い人も柔軟な人も、身体の構造は皆同じであり、誰でも赤ちゃんのときは柔らかいことを思えば、生まれつき硬い人などいないのですから、誰でも柔らかくなることは可能なのです。身体が硬くても“氣”の流れが良い人は身体を支配している意識が緩んでいる、細胞が緩んでいる人たちです。要するにリラックスが上手な人だと言えるのです。

いくらリラックスをしても前屈や開脚の幅が大きくなることはありませんが、リラックスすれば細胞は柔らかくなるのです。細胞が緩めば“氣”の流れは良くなります。雨水が早く浸透するのは、良く耕された土地であり、運動場や道路などのように踏み固められた土地は雨水も浸透せず水溜りが出来るのと同じ理論ではないでしょうか。

緊張状態を長く続けていると、細胞が硬くなり、細胞が硬くなれば“氣”は流れなくなります。“氣”の流れが停滞すれば、流れの悪いところからエネルギー不足になりますが、やがては、年末年始の高速道路の渋滞と同じくエネルギー不足は全身に波及してゆきます。

癌に侵されると、“氣”の流れが悪くなります。“氣”の流れが悪くなったために癌になったと考えることも出来ます。乳癌の癌腫瘍は外部から触診することが容易なので、触らせてもらえば良く解りますが、ゴルフボールのようにとても硬くなっているのです。細胞が究極に硬くなった状態が癌であり、細胞が硬いとは“氣”の流れが悪くなる、“氣”の流れが悪くなればエネルギー不足に陥り、やがては病気という現実的な警告が発せられることになるのです。

病気にならないためには、ストレスを溜め込まず、いつも意識も身体を柔らかく保つことこそが、健康を保つためには大切なのです。

No.42 健やかな成長
平成22年5月1日

脊柱側湾症とリュウマチは女性に多い病気です。リュウマチはある程度年齢が高くなってから発症することが多いのですが、脊柱側湾症は小学生ぐらいの低年齢の女児が発症しやすいとされています。かといって男児の側湾症もあるので、要注意です。子供の側湾症は家族や、学校の先生などが日頃から子供の身体を注意して観察していれば、すぐ発見できるはずですが、勉強やスポーツの成績ばかりに重点を置いているので、肝心の身体の変化に気が付かないのです。今までにも、私が気付いた脊柱側湾の子供が数人いるのですが、毎日生活を共にしている親たちは気が付かないのです。

氣康教室に母親に連れられて来た、ある女児の場合は、走るフォームが悪いので正しいフォームをいくら教えても直らないと先生に言われているそうです。私の前で走ってもらって観察すると、横揺れとねじれ運動をしながら走っています。背中を見せてもらうとかなり進行した側腕症に間違いないようです。女児を立たせたまま数分間、氣を送って脊柱を修正した後に走らせると、ちゃんと綺麗なフォームで走れるようになりました。もちろん側湾が修正されて歪みが無くなったので、まっすぐに走れるようになったのです。親も先生もこの子は、なぜ綺麗な走りが出来ないのか、一歩掘り下げて考えてあげれば、身体の歪みが原因していることは気が付いたのではないでしょうか。

またある小学男児の例を挙げれば、私の教室では正座をして行う体操が含まれているのですが、そのとき参加していた男児が正座をしてもすぐ姿勢が崩れます。何度座り直してもすぐ姿勢が崩れてしまいます。観察すると首が斜頸していて、首や背中が痛いと言うのです。試しに走らせて見ると、やはり横揺れしながら走るので、走りはクラスでも遅い方だと言います。この男児の背中を診ると脊柱がS字状になっていて、側湾症間違いなしのようです。たまたま親に連れられて私の教室に来たために側湾症が発見することが出来て、即氣康で修正されたから良かったようなものの、気が付かずそのまま進行が進めばコルセットの装着や手術など大変なことになるのです。

側腕症は現代医学でも改善が難しく、と言うより殆んど完治させることは不可能に近い難病のようです。これらの問題も親や先生が、子供たちの身体を正しく観察していれば早めに対応できるのですが、発症して年月が経過するほど治るのも難しくなります。若年齢の内なら氣康で簡単に良くなるのですが、年齢が高くなるほどに氣康でも難しくなります。大人たちは子供が健やかに成長できるように、常日頃から観察力を養っておかねばならないと思う此の頃です。

No.41 無が有を支えている
平成22年4月1日

氣は目で見ることも、触ることも、質量を計測することも出来ません。無知な知識人が氣の世界を信じようとしない理由は科学で検証できないものを信じることは出来ないと言うのが理由のようです。しかし信じようと信じまいとこの世には、氣と同じく見えない、触れない、計測も出来ないけれど、働きとして存在している事象はたくさん有るのです。神、霊、魂、心、意識、生命エネルギー、六感、六腑、丹田、経絡、経穴、身体の中心軸、その他まだまだ有るかもしれませんが、これらの見えない触れない計測することも出来ない存在の、その全てを否定できる人は居られないと思うのです。

氣は私たちが心身の健康のために積極的に取り入れている、無の世界ですが無の世界こそ、本当は有の世界とも考えることが出来ます。有形の物質は、永遠にその形を留める事は不可能ですが、無形の存在は壊れることが無いので、本当は無形の働きが有形を支えているとも思えるのです。

私の主宰している氣康教室は、多くの気功教室で行っている気功と称するポーズを練習しているのではありません。実際に氣を発する、氣を感じるなどの稽古を呼吸法や立禅、対気など実際に身体を動かして氣感を高めています。最初は氣を感じることも、発することも出来なかった人が、わずか2時間の稽古が終わる頃には、氣を操って人を動かすことが出来るようになります。それまで氣に対して半信半疑であった人も、自分が出来るようになれば見えない氣を信じるようになるのです。私たちの身体をパソコンに例えるなら、肉体がハードで意識や心、生命エネルギーや魂と呼ばれている存在はソフトになります。いかに頑強な肉体の持ち主でも、これらのソフトが失われてしまえば身体は、ただの肉塊に過ぎません。肉体は有であり、心や意識、生命エネルギーは無であるといえるのです。ここでも有の肉体を無の生命エネルギーが支えていることがわかります。

地球は1日に1回転の自転と1年間に太陽の周りを1週する公転をしています。地球の自転速度は時速1600キロを超える超高速で回転している事実も、この大きな地球が宇宙空間に浮かんでいる事実を、今では誰も疑いませんが、その働きを支えているのは目に見えない偉大なるエネルギーと思えるのです。宇宙天体に停止はありません、回っている独楽も停止すれば倒れます。もし天体の運行が停止すれば、人類も地球も滅亡するのは間違いないでしょう天体を運行しているエネルギーの出力元を科学では、説明できないと思うのですが、超高速で回転している事実がある以上、存在を否定することは出来ないのです。

健康問題を考えても、身体を手足や臓器の部品で作られているかのように錯覚をして、建造物の修理をするがごとくの医療手法から脱却出来ない医学は、限界に来ているのかもしれません。身体は有の肉体と、それを支えている無の生命エネルギーが、調和してこそ正常に働くことが出来るのです。健やかな身体、康らいだ心、健体康心こそ 健康の基本なのです。

No.40 腕コリは病気の始まり
平成22年3月1日

日本人は肩コリで悩んでいる人がたくさんおられます。

西洋人は肩コリをしないという話を聞いたことがありますが、外国人に肩こりをしないのかと訊ねると、彼らも肩こりしているのです。肩こりで治療院に行く習慣が無いだけで、彼らも日本人と同じく肩コリをするそうです。

昔から『母さんお肩を叩きましょう』という唱があるくらい、日本人は男女を問わず肩コリに悩まされていることがわかります。近視、虫歯、肩こり、便秘なども、本当はどれもが病気なのですがあまりにも多くの人たちが日常的に経験している症状なので、病気という認識さえ薄れてしまっている現状であります。たかが肩コリも症状が酷くなれば、頭痛、めまい、耳鳴り、視力低下、握力低下、顎関節症、乳癌、肺癌など様々な二次、三次の症状を併発するのです。

ある女性が癌瞼痙攣(がんけんけいれん・上下の瞼が痙攣して眼を開けられなくなる病気です)になり、あらゆる治療を受けたが改善しないと言って、私の氣康教室に参加されるようになりました。何とか良くなって欲しいと思い、患部に氣を入れても効果が無いので腕と手指に氣を入れて緩めてあげると大幅に改善することが出来ました。

また別の例をあげると、部活でバトミントンをやっている女子高校生が、踵が痛くなり踵を着地して歩くことが出来なくなりました。整形外科や治療院を転々として治療を受けても良くならないということで、氣康ヒーリングを受けにこられたので、私も最初は痛みのある患部に集中していたのですが効果が無いので関連が強い掌を治療して劇的に痛みが消えてしまいました。

このように腕(指、手首、肘も含めて)を緩めることで、頑固な偏頭痛や耳鳴り、視力の改善など治癒例は数え切れないのです。これらの例から考えても、特に身体の上部に出る症状は腕コリが原因していることが多いのです。多くの人は肩コリの苦しさに耐えかねて、鍼灸、整体、マッサージなどの治療院に行くのですが、たかが肩コリ、されど肩コリ、これを完璧に治せる治療院は少ないようです。

私の道場に、乳癌や肺癌でヒーリングを受けに来られる人が、おられるのですが、その人たちは例外なく重症の肩コリさんばかりであります。鶏と卵の話は、どちらが先に生れたかという終わりの無い話ですが、癌と肩こりが関係しているとすれば、癌よりも肩コリが先に発生したのは間違いないと思うのです。そこでその肩こりの原因は何かといえば、間違いなく腕こりが関係していることがわかります。

多くの治療院では肩コリを訴えてきた患者さんに、腕を治療することは無いので、症状のある肩だけ治療をして、其の時は効果があったように思っても翌日には、何の効果も無く元に戻っている場合が多いのです。肩コリの原因は腕コリ、腕コリの原因は何かといえば、腕の使い方や、身体の使い方が間違っている場合と、長時間酷使して疲労で筋肉が硬縮した腕の筋肉をほぐすことなく放置しているために、コリが起こる場合も多いのです。前者は身体の使い方の癖を直す必要があり、後者は使った後のケアを充分にしなければなりません。腕コリが肩コリになり、肩コリが首コリになり、首コリが自律神経の働きを阻害することになり、自律神経の働きが衰えれば自律神経が作用している内臓機能の障害となるのです。肩コリの延長線上には、癌なども含めてとんでもない恐ろしい病気が控えていると思わねばなりません。自律神経を阻害する最初の原因が腕コリにあることを認識すれば、手指のコリも手甲のコリも、腕コリも重大な病気の原因に発展するので疎かにしてはならないのです。

一般的に行われている健康体操などの弱点は、手指、手首、腕を緩めるための動作は行われていないので、真の健康を創るための体操としては、理想的とは言えないのです。スポーツの後、仕事の後など腕を使った後は氣康体操で腕を良くほぐしておくことが大切です。

過日読売新聞の健康欄に、肩こりの記事が掲載されていました。その内容は、病気から肩こりが生じるという群馬大学、高岸憲二教授の説を取り上げており、高岸教授の説として肩こりの原因となる病名も掲載されていました。その病名を見れば、肩こりの影響は広範囲に及び肩こりと病気が切り離せないことがわかります。

【整形外科】
椎間板症・脊椎症・頚椎や胸椎の炎症・腫瘍・五十肩・動揺肩・胸郭出口症候群・テニス肘・手根管症候群

【内科】
肺の腫瘍・狭心症・心筋梗塞・解離性大動脈瘤・胆のう炎・
胆石・膵炎・胃炎・慢性頭痛・三叉神経痛・高血圧・低血圧・
自律神経失調症・貧血

【耳鼻咽喉】
鼻炎・副鼻腔炎・頸部の腫瘍や炎症

【眼科】
眼精疲労

【精神科】
心身症・うつ病・神経症  

【歯科】
顎関節症・かみ合わせ不全

【婦人科】 
更年期障害

これらの病気と肩こりが関連しているというのは異論の無いところですが、大学教授の説に異を唱えて申し訳ないのですが、病気から肩こりが生じるというのは甚だ疑問のあるところです。私の体験から言えば、肩こりが様々な病気を誘発するという考えが正しいと思うのであります。そしてその肩こりの元凶は腕こりなのです。手指を大きく開いて、親指と小指が180度にならない人は、病気の元になるコリが始まっているのです。

たかが肩こりですが、侮ればとんでもない落とし穴が、待ち受けていることを知らねばなりません。

No.39 腑に落ちれば迷わない
平成22年2月1日

『五臓六腑にしみわたる』と言う言葉がありますが、五臓とは肝臓、腎臓、脾臓、膵臓、心臓の5つの臓器を指します。また六腑とは、胆のう、小腸、大腸、胃、膀胱、三焦、を六腑と呼びます。

六腑の中で誰もが、理解できないのは三焦であります。なぜなら三焦とは、三焦という特定の臓腑が存在するのではなく、みぞおちの上を上焦、臍より下を下焦、その中間を中焦と呼び、三焦は人体の営みが円滑になるための働きだけが存在すると言われております。

上焦は呼吸や循環に関わる機能、中焦は消化吸収の作用、下焦は排泄の働きをしているそうです。

現実には臓腑が存在しないにもかかわらず、鍼灸の世界でもこの三焦の働きを重んじてその経絡穴に治療を施しているのです。解剖学では存在しない六腑の中の三焦ですが、三焦に大きな働きがあるという事を確かめるには、武道や氣康、呼吸法を少し勉強すれば良く判ります。

武道や呼吸法では、三焦と同じ場所を丹田と言い、それぞれを上丹田、中丹田、下丹田と呼び、通常は丹田といえば、下丹田を指していることが多いようです。また下丹田を氣海という呼び方も存在しているのですが、丹田も氣海も三焦と同じで臓腑として存在はしておりません。

昔から『肚が座る』『肚を練る』『肚をくくる』このとき使うハラは肚の漢字を用いるのが正しいのです。ハラ(腹)は、『腹が痛い』『腹黒い』などに用いる文字であり中焦を指し、肚は下焦すなわち下丹田を指します。

これらを考えると、下焦、丹田、肚、氣海の四名称は、呼び方が違えども同じ部位を指しているものと考えることが出来るのです。

日本人は存在もしない臓腑をここまで大切なものとして、古代から言葉や治療法や武道に残してきたのは、それらの大切な働きを知っていたからでしょう。

現代人は溢れるほどの情報の中で生きているために、良し悪しは別にして沢山の知識を持っております。そしてその知識は頭、すなわち脳が覚えて、脳が考えて、脳が判断して、脳が何事も決めていると思っているのです。

氣康的の考えるならば、脳とは情報を処理する装置であり、味覚、触覚、聴覚、視覚、臭覚などの動物としての五感をキャッチして生命の危険から身を守るために働くのが本来の目的なのです。ここでも存在しない感覚の第六感というのが出てきます。
この第六感の働きをしているのが、上焦(上丹田)ではないかと思うのであります。人は嬉しいとき悲しいとき、胸がこみ上げると言います。決して脳がこみ上げるとは、言わないのです。また胸騒ぎがするとも言いますが、脳騒ぎするとは、言いません。あらゆる感情を支配している本元は、物質としては存在しませんが、上焦に納まっているであろうと思われる魂の働きであり、脳が感情を持っているのでは無く、脳が処理した情報を元に、上焦の働きで最終判断をしているのです。

話を元に戻しますと、『腑に落ちる』『肚が座る』という言葉は同じようですが、まったく別の意味を持っています。そのどちらの言葉も下焦(下丹田)の働きを指しているのですが、『肚が座る』というのは、事柄の善悪に関係なく命を捨ててでも、成し遂げるという決意をすることであり、昔で言えば特攻隊の青年たちはまさしく肚を座えなければ、敵艦に突撃など出来なかったでしょう。

一方『腑に落ちる』とは肚の底から納得することを指しているのです。例えば、病人が『肉を食べると血液が汚れるので身体に良くない』と言われても脳では理解していても、腑に落ちていないとつい誘惑に負けてお肉を食べることを止められないのです。

アトピー患者さんが『ステロイドを止めない限り、アトピーは良くなりません』と聞かされて一時的にステロイドを使うのを止めても、その反作用で症状が悪くなれば、あの人がステロイドを止めたら良くなると言ったのに、余計に悪くなってしまったと逆に恨み言まで言いかねないのです。せっかく正しい情報を入手しても、腑に落ちていなければ役に立たないのです。何故、腑に落ちないかと言えば、安易に人からの受け売りとして聞く限りでは、なかなか腑に落ちるまで理解吸収できないからです。

病院で手術を受けるのも、投薬を貰って服用するのも、病人は医師の指示だけを頼りにして、受け入れているだけで、腑に落ちている人は少ないでしょう。自分で学び、自分で体験して『腑に落ちる』ことが出来れば、食卓に美味しそうな料理が出されても、身体に悪いものであれば我慢して食べないのではなく、食べたく無くなるものです。多くの病気が、医薬品で治すことが困難であるという事実が腑に落ちれば、甘えて自分の病気を医薬品に依存する生活から脱却して、生活習慣を正す健康法に迷わず切り替えることが出来るのではないでしょうか。正しい情報を得て腑に落ちて肚が決まれば、迷いが無くなり希望が生れて、絶対治す、必ず治るという不動心を持ち、日々の生活を正すことこそ病魔と決別できる唯一の道なのです。

No.38 神殿
平成22年1月1日

日本には全国至る所に大小さまざまな神社が建てられており、日本人は旅や観光などで各地の有名な神社を訪れる機会も沢山あります。関西人の私に馴染みのあるのは、京都の春日大社、大阪の住吉大社、少し足を伸ばせば伊勢神宮や島根の出雲大社などが有名であります。

全国に名の知られた有名な神社もあれば、地域の氏神様として祀られている、小さな神社も無数に点在しています。お正月ともなれば、普段は神仏の存在すら否定しているような人達が、着飾って初詣と称して神社詣をするのも日本人の不思議な風習であります。神社は神様のお住まいになる社として、社殿も境内も清掃が行き届き、ゴミ一つ落ちていないのはそこに働く神職達の努力もありますが、訪れる人達も海や山に行けば自分達が散乱させたゴミを放置したまま帰宅する人が多いのですが、さすがに神様のお住まいになる社を穢すのは気が引けるのか、誰もが行儀が良くなるらしく散らかす人も少ないのです。行楽地のように空き缶や弁当パック、ペットボトルなどが散乱していては神社としての厳かで、聖なる雰囲気が失われてしまうのであります。

全国に大小数え切れないほど沢山ある神社ですが、有名で大きい神社には位の高い神様がお住みになっているのでしょうか? それとも小さな神社には身分の低い神様が居られるのでしょうか?あるいは神社には本当に神様が存在するのでしょうか?神様には人間の作った神社や神殿が必要なのでしょうか?あれこれ考えても答えは出てきませんが、神様とは私達の住んでいる地球を創り、宇宙を創り、宇宙の営みである精妙な天地自然界のシステムを創り、私たち人間をはじめ、全ての動植物を創り、生かしてくださっている偉大な存在と考えれば、人間界でいかに豪華絢爛の立派な神殿を建立しても、本当の神様にとっては大した価値があるとは思えないのです。

私たち人間は神の子を言われます。もちろん人間だけが神の子ではなく、動植物全ての生命は神の子なのです。両親を縁として肉体を持ち、神の子としての魂が宿り、人は人として生きてゆけるのです。この神の子としての魂が宿る私達の肉体こそ、本物の神の神殿と考えたほうが良いのでは無いでしょうか。肉体が神殿であり、この地球は正に大神殿と呼ぶにふさわしい存在なのです。

長い歴史の中で時代の権力者達が自分の権力を誇示するために、多くの社寺を建立してきました。古神道では山岳信仰が主流であり、神殿を崇めるよりも自然を崇拝してきました。自然、即ち地球が神であり神殿であったのです。

今では、大きな有名神社に詣でることをありがたい事だと思っている人が多いのは、年末年始の人出を見れば良く判ります。人間が作った建造物を人間が有り難がって拝むのもおかしな行為と言わざるを得ません。特定の神社境内や社殿を清浄な聖域として、清めることに異論を言うつもりはありませんが、海や山川を汚す行為は地球という大神殿を汚す行為であると知らなければなりません。もっと大切なのは神の子としての魂が宿る真の神殿である、自らの肉体を汚す行為を即刻やめねばならないと思います。

草食動物であることを忘れて、日常的に肉を食い、添加物だらけの食品で身体を穢しているのです。そして不平不満、愚痴、恨み言などを撒き散らして、心を穢す行為は神そのものである魂を無視した愚かな行為であることに気づき、初詣で儀礼的に信仰心の乏しい心で神殿に手を合わせる以前に、感謝、反省、報恩の心で自らの魂を清める事こそ、本当の信仰と思うのであります。

No.37 健康は総合力
平成21年12月1日

相撲では(心・技・体)ということがよく言われます。野球も守備、打撃、走るなどの総合力が伴ってこそ、一流選手として認められるのです。ホームランをたくさん打っても守備でエラーばかりするようなバランスに欠けた選手は、レギュラーにはなれないのです。

まさしく健康創りもスポーツも同じであり、総合的バランスが調和されていることが大事なのです。中高年ともなれば、生活習慣病や足腰、関節の痛みなどで悩んでいる人がたくさん居られます。癌、脳梗塞、心臓疾患など多種多様の病気が私たちを、待ち受けているのです。何らかの異常で診察を受ければ、病院では必ず病名を付けることになっています。

検査をしても原因不明で、病名を付けることが出来ない疾患は、病院では治療することが出来ないようです。患者が異常を訴えても、病名が判明しなければ治療マニュアルを当てはめることが出来ないので、安易な判断で投薬などを行って、結果が悪ければ訴訟問題などに発展する可能性があるからです。

癌はその代表的例であり、確かな病名さえあれば病名に沿ったマニュアル通りの治療を施せば、その後の結果が最悪の事態なろうとも許されるのが、今の医療事情なのです。

動物本能が低下してしまった現代人は、医者も患者も科学一辺倒で検査結果だけを信じて、肝臓の数値が悪ければ肝臓だけが悪いと思い込むのです。

癌が見つかれば癌腫瘍のある箇所だけが病気だと思い込む、血圧が高いと言われれば、血圧だけ下がれば良いと思うのです。近視になれば眼球が悪いと思うのも現代科学の落とし穴であります。

身体とはそんな単純なものではないのです。癌になるには癌になる理由があり、糖尿になるには糖尿になる理由があるのです。痛みや苦しみの症状を軽減することも大切な医療ではありますが、病気を治すと言うことは、その病気の原因を取り除くことが出来なければ決して病気が治ることは無いのです。

判り易い例を挙げると、近視を眼科医で治療すると眼球の手術をするそうです。ある眼科医に聞いた話ですが、眼球の歪みが近視の原因なので、眼球をレーザー治療で整えるそうです。 眼科医の説は眼球の歪みが原因と言うのですが、眼球は何故歪んだのでしょうか?

私の考えでは、眼球の歪みで近視になったのでは無く、眼球が歪むような身体の使い方をしたのが原因なのです。正しい治療とは、眼球の歪みが元に戻るように治療してやれば手術などしなくても近視は治るのです。手術で一時的に良くなっても10年〜20年と経過する内に反作用が起きてくる危険性を孕んでいます。

またアトピーで悩んでいる人はとても多いと思います。アトピー患者は皮膚科の診療を受けていますが、アトピーが皮膚病と診断すること自体が誤りであることに医師も患者も気が付かないのです。10年〜20年と皮膚科の治療を受けても、治らないことが十分判りすぎるほど判っていながら、治らない治療を受けているのは何故なのでしょうか。

文明科学を売り物にしている現代医療が、その原因も解らぬままに的の外れた治療を施してもアトピーは治りません。 これらの疾患を改善するには、症状の現れた患部だけに囚われることなく、身体を総合的に観なければならないのです。

呼吸・睡眠・食生活・運動・想念、を正して心も身体も浄化することが健康への道であります。心身を浄化するのは医薬品や病院ではありません。全ては正しい生活習慣を継続すること以外に健康を獲得することは出来ないのです。

No.36 細胞の意識 
平成21年11月1日

草花に、いい音楽を聞かせてやると綺麗な花が咲く。水に“ありがとう”と言ってやると水の結晶が綺麗になる。こんな話を聞いたことがあると思いますが、植物や水が、音楽や言葉に反応するのは、植物にも水にも意識があるということになります。

私たちは、意識といえば脳の働きであると考えるのですが、植物や水に脳はありません。脳が無くても意識が働くとすれば、意識は細胞に存在するということになります。次のような実験をすれば、細胞に意識があるということを有る程度理解することが出来るはずであります。

被験者に絶対に腕を上げないように意識してもらい、『腕が挙がる、腕が挙がる』と声をかけ続けます。声をかけられている人は、頭では絶対腕を挙げまいと、反抗しているにもかかわらず、『腕が挙がる』の声に頭ではなく、腕が反応して、上に挙がってしまうのです。 脳は腕を挙げない意識を働かせていても、腕の細胞は『挙がれ、挙がれ』という命令を聞いて別の動きをしてしまうのです。

科学的に細胞に意識の有無が、研究されているかどうかは知りませんが、私の氣康的思考では、細胞にも意識があると考えております。 病人が笑えば免疫力が向上するのも、笑うことで細胞が楽しくなり喜んでいるものと思われます。

数日前に『免疫革命』の著者でもある新潟大学医学部教授の阿保徹先生と『抗癌剤で殺される』の著者で医療ジャーナリストの船瀬俊介氏の講演会を聴講させていただいたのですが、参加者の方々を観察すると、病人らしき人が殆んど参加されていないのです。約1000名もの聴講者の中でも、抗癌剤治療を受けている様子の人がおられないのが不思議といえば不思議なのです。

船瀬氏の著書は抗癌剤の無益や抗癌治療の危険性や無能を暴いた書物なので、多くの癌患者に読まれているのではないかと思ったのですが、聴講者を観察する限りでは、健康な人、健康志向の高い人たちが読んでいるのであって、本当に勉強しなければならない癌患者さんが、あまり読んでいないのではないかと推察したのです。

私も仕事柄、癌患者さんを含めて、あらゆる疾病の人に接する機会がありますので、その患者さんに役立つであろうと思われる書籍を読むように勧めるのですが、多くの患者さんは私の勧める本などには殆んど興味を示しません。病苦から早く逃れたいと思う気持ちはあっても、自らの努力で病気を克服しようとする意識が働かないように別の力が作用していると思われるのです。いざ病気になれば、病気を正しく理解するための勉強が出来なくなるようです。その理由は、病気にも意識があるからです。病気が病気であり続けるためには、健康になってもらっては困るのです。健康になるということは、病気は死ぬということになります。病気も自分の命を守るために、余計な勉強をさせないように意識を働かすのかもしれません。病人さんに、役に立つ情報を提供しても、聞く耳持たない人や、それを吸収しようとしない人が多いことに最近気が付いたのです。 

先日も私の知人が、過酷な抗癌治療を受けている親しい人に、私の書いた冊子『健体康心の道』を読ませてあげようと思って、見せるとその人はパラパラとめくっただけで、こんな本は嫌いだと言って読もうともしなかったそうです。

癌という強烈な意識エネルギーは、正しい情報をキャッチすることを妨害して、癌細胞の命を守るのです。身体の細胞さんに正しい意識を持ってもらうためには、健康なうちに正しい情報を刷り込んでおく必要があるようです。

No.35 体力と血液力と免疫力
平成21年9月1日

若者は有り余るほどの体力がある、激しいスポーツや夜更かしなどで遊びすぎて疲れたと思っても、一晩熟睡すればまた元気を取り戻すことが出来ます。中高年ともなれば、一晩の睡眠で疲れを解消することが出来ずに、数日も疲れを持ち越してしまうのです。若者は筋肉が若く柔軟であるために回復力に優れている、また中高年に比べると若者は筋肉量が多いために、過酷な負荷にも耐えることが出来るのです。

勉学もスポーツも仕事も筋肉量が多く筋力が強いことは、【体力がある】ということですから、あらゆる場面に於いて有利であることに間違いはありません。体力があれば元気であると評価をするのが一般的ですが、筋力が強くて体力があっても、健康で過ごせるとは限らないのが人体の不思議なところであります。
元気が売り物のプロスポーツ選手が、若くして死亡する例も多くあり、頑強な体力を持っていても、それは筋肉力が強いだけであり健康と必ずしもイコールで無いことが解かります。

特に細菌感染が原因とされている病気の中でも、一般的によく知られている風邪、インフルエンザ、結核、などは体力に関係なく若者がたくさん罹患しております。今年になって世界中に流行している新型インフルエンザを例に取れば、体力があるはずの高校生や大学生の若者達から真っ先に流行しているのは何故なのでしょうか。

新型インフルエンザに関して言えば体力がインフルエンザ感染の予防になっていないことは明らかであると思うのです。若者に比べて感染者の少ないのは、体力の少ないはずの高齢者や幼児であるのは何故なのでしょうか。この度の新型インフルエンザ予防対策として政府や自治体、医療関係者は、マスコミを通じて手洗い、うがい、マスク着用などをPRしておりますが、こんなことで本当にインフルエンザを予防できるのでしょうか。

私たちは生きている限り呼吸をしなければならない、正常な生活を過ごすためには、買い物に行く、学校に行く、仕事に行く、外出すれば必ず不特定多数の人と接触があります。感染者が呼吸をすれば菌が飛散する、その菌を不特定多数の人が吸っているのです。神経質に手洗い、うがいを励行しても、呼吸は人ごみの中でも止めるわけにはいかないので、見えないウイルス菌を避けて空気を吸うことなど絶対に出来ないのです。またマスクをしても一般的な防塵マスクであれば、呼吸をして空気が流通すれば細菌も流通するので侵入を防ぐことは不可能であります。

たとえ細菌防御機能のあるマスクを着用していても飲食中は、マスクを外すのですから、外食を楽しむことさえ出来なくなります。手洗い、うがい、マスクの奨励は、新型インフルエンザ予防のために努力していますという、政府や医療機関にパフォーマンスに過ぎず、本当は予防効果は少なくて、大して役に立たないことを医療に携わる人たちは、知っているはずであります。

話を最初に戻しますが、なぜ体力が余っている若者の感染者が多くて、体力の弱い高齢者に感染が少ないのか、分析をすれ答えは簡単に見つかるはずであります。科学を絶対と崇拝して、民間療法を迷信扱いする西洋医学の医療者なら、感染した人、感染しない人のデーターを科学的に分析して広く公開しなければならないと思うのです。病院は感染者だけを検査していますが、感染者と行動をともにしたけれど感染しなかった人を検査研究すれば、なぜ感染しなかったのか、感染しない人はどんな生活をしていたか、どんな食事をしていたか、睡眠時間はどうか、血液検査などの科学的根拠も含めて、感染者と非感染者の違いを分析して、感染しない方法を非感染者から学べば良いのです。

私の憶測で分析するなら、高校生達がたくさん感染する理由は、先ず食事の乱れと夜更かしに原因があると思われます。高校大学生ともなればある程度、親の管理から離れて、自由に使えるお金も持っているため、外食やコンビニで手軽な食事をする機会が増えてきます。固有名詞を列記するのは問題があるので避けますが、安いだけが売り物のファーストフード、世界中で販売されている気持ちの悪い黒色の清涼飲料水、スナック菓子、カップ麺、その他防腐剤、着色剤、食品添加物だらけの食品など、若者が好んで食するほとんどの食品の多くは、食べてはいけない食品に選ばれております。これらの食品を日常的に食べている若者達の血液は汚染されているため、ひとたび細菌が侵入すれば、容易に繁殖を許してしまうのです。また遊び勉強にかかわらず深夜まで起きていることは、夜暗くなれば寝るという自然の営みに反する生活であり、免疫力を低下させる大きな原因になると考えられます。

このように分析すれば若者が、新型インフルエンザにかかる確率が高いのは当たり前といえるのです。学生はスポーツで身体を接触する機会が多いために、感染する機会が多いなどという見解は、幼稚かつ科学的根拠の無い説明であり、真実ではありません。

本当は血液力が低下しているために、侵入した細菌が体内で繁殖するから発病するのです。混雑した人ごみの中には、結核菌もインフルエンザの菌も空気中に浮遊しているはずであり、その中に交われば必ず菌を吸っています。人ごみの中で、細菌を吸わなくてもすむ絶対確実な方法は、呼吸を止めること以外に細菌の侵入を避ける方法はないのです。呼吸を止めれば死んでしまうので、誰も呼吸を止めることなど出来ない相談でありますから、細菌を吸っても安全な方法を考えねばならないのです。それは血液を汚染させる酸性食品を避けることです。動物性食品は血液を酸性化させてあらゆる病気の原因になることを知らねばなりません。菜食、少食、早寝早起き、鼻呼吸など自然に則った生活をしていれば血液は浄化されます。浄化された血液を保っていれば、たとえ細菌が侵入しても、体内で繁殖することなく死滅してしまうので、新型インフルエンザといえども恐れることなどないと思います

血液力、免疫力を高めることこそが、最善の病気予防であり、最善の健康法であることは明白であります。

No.34 癌を考える
平成21年8月1日

健康問題で避けて通ることができないのが、今では三人に一人がかかるといわれている癌であります。 現代医学は、なぜ癌を治すことが出来ないのでしょうか?癌を治せない理由は、癌発症の理論が根本的に間違っているのではないかと思えるのです。 健康な細胞が癌に侵されて癌細胞となって成長する、リンパなどを伝わって転移すると思われているようですが、はたして本当なのでしょうか。

私たちの身体は、骨、筋肉、血液、髪の毛、爪などで構成されておりますが、これらの細胞は血液が必要な細胞に分化して、それぞれの役目が果たせるように創られています。爪も髪の毛などは、誰も食べた覚えなどありませんが、必要に応じて生えてくれるのです。骨も、内臓を含めた筋肉も全ての基は血液から生れます。またその血液は毎日の飲食から造られているのです。

生活習慣を誤れば、細胞を造る血液が汚れる、汚れた血液は壊れた細胞を生み出し、癌と呼ばれるカビを発生させるのです。お餅もパンも新鮮なうちは、カビなど発生しませんが、鮮度が落ちて品質が劣化すれば、たちまちカビが生えてきます。品質の劣化した品物は、いくらカビを削り落としてもすぐ次のカビが発生するように、免疫力の低下した身体は、癌を切除しても抗癌剤や放射線で叩いても、新たな癌が発生したり、成長したりするのです。

医学的に癌は、リンパを通して転移すると説明されていますが、本当は汚れた血液が新たな場所に、新たな癌を発生させているのであり、リンパ転移説は甚だ疑問の残るところであります。癌細胞の成長を食い止めることができる唯一の方法は、血液を浄化して免疫力強化と、自己治癒力を高める以外の方法など考えられないのです。

癌の成長と樹木の生長は、とても良く似ているのではないかと思うのです。樹木の年輪は中心になるほど年齢が若くなります。毎年新たな年輪が中心から生れるために幹が太くなり、年輪の数が増えて樹木が生長するのです。 癌細胞も樹木と同じで中心が新しく生れた細胞ですから、次の癌細胞が生れる毎に癌が成長しているだけなのです。

免疫力を強化すれば、新たな癌は発生しません。新たな癌が発生しなければ、今ある癌の成長は止まり、やがてがん細胞は血液に環流されて消滅するはずであります。

私が長年氣康ヒーリングをしていて解ったことですが、病気が治る順番は、必ず新しい病気から先に治ることです。 癌が消える過程は周囲から小さくなるのではなく、中心から消えるほうが多いようです。なぜなら中心なるほど新しい癌だからです。【抗癌剤で殺される】著者で医療ジャナーリスト船瀬俊介氏の著書を読めば、毎年30数万人の癌患者が死亡しておりますが、その80%は癌で死んでいるのではなく、抗癌剤で殺されていると論じています。

ある抗癌剤の医薬品添付書を読めば、抗癌剤の恐ろしさを、よく理解することができます。まず抗癌剤の医薬品添付書には、最初に【毒薬】であると明記されています。

次に注目するのは、医師や薬剤師などの処方者に向けて赤文字で【警告】文があります。

@ 本剤による治療は、緊急時に十分対応できる医療施設において、癌化学療法に十分な知識・経験を持つ医師のもとで、本療法が適切とされる症例についてのみ実施すること。また、治療開始に先立ち、患者又はその家族に有効性および危険性を十分説明し、同意を得てから投与すること。

A 本剤と放射線照射を併用する場合に、重篤な副作用や放射線照射による合併症が発現する可能性があるため、放射線照射と癌化学療法の併用治療に十分な知識・経験を持つ医師のもとで実施すること

B 本剤の投与後にニューモシスチス肺炎が発生することがあるため、適切な措置の実施を考慮すること(『重要な基本的注意』『重大な副作用』及び『臨床成績』の項参照)

この警告文から想像する限りでは、危険極まりない毒薬であるということが判ります。またこの警告文にある、問題点を問うなら、十分な経験知識を有する医師かどうかは、患者側から判断できないことに問題があります。

患者とその家族に副作用の説明が正直にされていないという事実、病院側の立場で言えば、正直に副作用を告げれば誰も怖がって抗癌剤を飲まなくなるからだと明言する看護師さんもいるのです。もちろん医薬品添付書を患者に見せる病院など、どこにもありません。この薬を服用するように勧められた患者さんの話では、添付書に書かれているような重大な副作用の説明は、まったくされることなく医師や看護師は、この薬は世界で一番新しい抗癌剤だから、必ず飲むようにと半ば強制するような口調で説明を受けたそうです。

全16ページに警告と使用上の注意、そして80項目以上にも及ぶ副作用の多さには唖然とするばかりです。驚くのはこればかりではありません。本剤を投与した奏功率は、著効6%・有効24%と書かれてあり、どこにも完治した事例は書かれていないのです。本来なら、ここに書かれている著効と有効の判定基準も知りたいところです。要するにこの添付書を解読すれば、この抗癌剤を飲めば、癌腫瘍が小さくなることも有りますが、身体は必ずぼろぼろになります。 しかし完治した人は誰もおりませんということなのです。 抗癌治療を受けている人、今から受けようとしている人達は、本当に覚悟して医師の薦める化学療法を受けねばなりません。

私が訴えたいのは、はたして薬とは何だろうかと、問いたいのです。薬とは体に良いから薬であって、身体に害を与えるようなものは、薬とは言えないはずです。薬が身体に良いのであれば、毎日薬ばかり飲んでいれば健康になれるのでしょうか。私たちが健康になれるのは、他ならぬ毎日の食事であります。野菜、穀物、海草、小魚、これらの命を頂くことこそ本当の薬なのです。

中国では古くから草根木皮を薬として発達した、漢方薬がありますが、漢方の考え方には、下薬、中薬、上薬があり、上薬とは他ならぬ養生食を指しているのです。薬を他に求めるのではなく、毎日の飲食が最良の薬であると知り、正しい食生活を実践することが健康への道なのです。

No.33 動物本能が働けば健康になれる
平成21年7月1日

人は生涯を健康ですごしたいと願いながらも、怪我や病気というアクシデントに見舞われる、危険と紙一重の生活をしております。野生動物の多くはその固体の寿命を全うして命を終えることが多いのですが、人間は戦争や事故、病気、薬害、生活習慣の間違いなどから様々なトラブルを自分達で作り出して自らの生涯を安楽に暮らすことが難しい社会を作り出してしまいました。文明といわれる産物の恩恵を受けた一方では、その反動で人間は動物としての本能を低下してしまいました。

動物本能とは、猫を上から落としても、クルット回転して足から着地します。魚を掴むと身体を跳ねて逃げてゆきます。彼らは練習しなくてもこんな難しいことを難なくやってのけるのです。身体に合わないものは空腹でも決して食べないことなども動物本能なのです。人間がよく食中毒になるのも動物本能が働かない為だと思えるのです。動物的勘が冴えていれば食中毒になるような物を最初から口にしないで済むはずです。万一食べても短時間で嘔吐か下痢をすれば悲惨な食中毒の被害にあわなくて済むのです。動物の本能の働きが低下すれば身体に害のあるものを拒絶する働きが起こらないために、下痢も嘔吐も出来ないで余計な苦しみをすることに成ります。

健康診断の胃検査でバリウムを飲んだ経験がある方も多いかと思いますが、帰りには下剤を渡されて『出なかったらこれを飲んでください』と言われます。バリウムのような食品とは程遠い、薬剤を飲んで下剤の御世話にならなければ出せない人は、相当動物本能が衰えていると云わざるを得ません。本来なら食品で無い異物を口に入れたのですから、すぐ嘔吐するか、下すことが出来なければいけないのです。私も検診で数回バリウムを飲んだことがありますが、毎回その病院内で短時間のうちに出てしまうので、お腹の中のバリウムを自宅まで持ちる帰る事など無く、まして下剤の御世話になったことは一度もありません。

野生の動物たちを、人間の手で捕獲することはほとんど出来ません。公園の鳩のように人に馴れていれば、近づくことは出来ますが、手で捕らえようとすれば、彼らは先に察知して逃げてしまうのは、危険察知能力を失っていない証拠なのです。昔から言われているのは、火事場からネズミの焼死体が見つからないと言います。ネズミたちは、いち早く火事が発生する前に逃げ出しているそうです。人間は、燃えていることに気が付かないばかりか、毎年火災で痛ましい死亡ニュースが報じられています。
私たちも野生動物のような、動物本能が働けば、事故も事件も病気も避けられると思うのです。

動物本能を高める、唯一の方法は身体を緩めることにあります。硬くなれば、あらゆる機能が低下します。関節が硬くなれば運動機能が低下、腹部が硬くなれば排泄、消化などが低下する。首が硬くなれば自律神経の働きが低下する。加齢とともに硬くなる身体を、いつまでも柔らかくしなやかに働かすためには、毎日の運動が一番効果的であります。鍛えるのではなく、緩めることです。氣の流れを良くする事です。泉の会で行う氣康は身体を緩めることを重点に稽古をしていますので、体を緩めて現代人が退化してしまった動物本能を高める事が出来る最善の健康法だといえるのです。

No.32 代替医療とは
平成21年5月1日

病気の治療方法は、各種療法がある中で、代表格はやっぱり国家が認めた医学でもあり、最新の医療機器や医薬品を駆使することが出来る、近代西洋医学療法であるといえます。次に来るのは、医師の行う漢方医療も最近では、人気が高くなっているようであります。

西洋医学や漢方医学は、政府からも、世間からも医療として認められていますが、これ以外の各種療法は、医師免許を持たない技術者が行っているために、医療と認識されていないのが原状であります。柔道整骨、柔道整復、鍼灸、整体術、カイロプラクティック、オステオパシー、気功など、これらの各種療法は、資格免許の有無にかかわらず、それぞれの専門技術と知識があり、医師の行う医療の不得意とする分野で大きな成果を上げているのであります。

近代医学といわれる、最新の医療を受けても治らない症病を、これらの療法で改善している事実があっても、世間では依然として、これらの療法を代替医療と呼んでおります。またこれらの療法に、携わる人達自身も、自分たちの療法は代替療法であると自認している人がほとんどであります。

よく考えてみると、代替という言葉を使っているのは、医療の世界だけのように思えるのです。

例えば、『野球の代替としてソフトボールをする。テニスの代替として卓球をする。』とは言いません。なぜならそれぞれが種目の違うスポーツですから、代替として行うのではなく、それぞれの好みにあった種目を選んで行っているからです。

当然私たちの行っている氣康も、世間では代替医療と呼んでいるようでありますが、私は代替医療と呼称されることは、好きでは有りません。

代替とは、主流の補佐であり、その技能や効能は主流より劣るのが当たり前であると思われているのであります。
そこには最初から医療の順位、優劣が決められていて、病気になれば病気の種類にかかわらず、順位の高い医療から先に受けるのが、一般的であります。

この世間で考えている、医療の順位が、大いに問題があると思うのです。

外傷を負えば、傷口の消毒や縫合などは、医師でなければ出来ない医療行為なので、整形外科に行かねばなりません。
腰痛になればどうでしょうか? 腰痛もほとんどの人が、整形外科に行くのです。

偏頭痛になればどこに行きますか? 内科ですか? 外科ですか? 精神科でしょうか? 耳鳴り、難聴になれば耳鼻科に行くでしょう。

ところが、腰痛も偏頭痛も、耳鳴りも、病院で治らないことを大方の患者さんは、知らないので治らない治療をいつまでも受け続けています。

何年も治療を受けてから、やっと治らないことに気が付いた患者さんが、氣康ヒーリングを受けて短期間で改善することが、茶飯事に起こっています。

それならば、最初から氣康を受けに来ていれば、苦労しなくとも済んだのではないでしょうか。

主流の西洋医学も、代替と呼ばれている民間療法も、医療の種目が違うだけで、主流や代替といって優劣をつける呼び方は、ふさわしく有りません。

スポーツにも各種の種目があり、代替種目などありません。プロ野球の一流選手でも大相撲の横綱に相撲で勝つことなど出来ないし、横綱といえどもフルマラソンで優勝することなど出来ないのです。

要するにスポーツにも医療にも、種目があるということです。大病院では、細分化された専門科があるので、医療のデパートのように思っておられる方が、多いと思いますが本当は西洋医学という療法が細分化されているだけであって、診療科目が違っても、治療法は全て西洋医学の治療であることを知らねばなりません。私たちの行う療法とは根本的に、手法も考えも方も違い、スポーツに例えるなら水泳と相撲ほどの相違があるかも知れません。

自分の症病が、どの治療を受ければ安全で、早く確実に治すことが出来るか見極めることこそ天国と地獄の分かれ道にもなります。

西洋医学の治療を受けて、治らないことが分かってから、その他の療法を受ける習慣があるために、西洋医学以外は全て代替医療であるという考えになるのでしょう。

それならば、症状に適合する療法を先に受ければ、良いのであって必ずしも、何がなんでも、一番先に病院に行かねばならない理由など、どこにも有りません。

適合する療法の判断が付かないときは、複数の専門家から意見を聞くことも必要であると思うのです。

今流行のセカンドオピニオンという言葉がありますが、これは意見の異なる見解を聞くために行うことであり、複数の医師から診察を受けることで治療法の選択肢を広げることが出来ます。

異なる意見を聞くことが目的ならば、セカンドオピニオンの中に、医師以外の療法者の意見もセカンドオピニオンに含めて、あらゆる療法があることを視野に入れることが賢明ではないでしょうか。その症病に適切と思われる、治療法を提示するのは医療者ですが、選ぶのは患者さん自身です。

緊急の必要性が無いにもかかわらず、医師の薦めるままに手術や投薬を受けて、その後遺症に悩んでいる人が沢山おられます。

西洋医学以外の療法を代替療法というならば、あえて苦言を呈せば民間療法を受けたけど良くならないから、多少のリスクを覚悟してでも代替療法として西洋医学療法を受けるという考えも成り立つはずです。

医療とは治らなければ意味が無い、真の医療とは治ることです。

治せなければ、安易に治りません発言をするような医療者から、代替医療などという言葉を言われたくないと思うのは、私だけではないはずです。

患者さん自身が、自分の症病にはどんな治療法が適合しているのか、その治療法は安全なのか、正しい選択をすることです。

それよりも最も大切なことは、本当は自分の病気は、自分の持つ治癒力を働かす以外に、誰も治すことが出来ないという事実を知るべきです。

No.31 健康と癒しの基本
平成21年4月1日

健康になるためには、何をなすべきか、ほとんどの人が理解できていないように思われます。健康を損ねれば、病院に行く薬を飲むなど、他力に頼ることで解決しようとしています。病気になった原因を解消せずに、薬物や手術で解決しようとして、さらに症状を悪化させてしまうことも沢山あるのです。

健康生活を維持するためには、私が提唱しております健康五訓(呼吸、睡眠、食事、運動、想念)に則った生活をすることが、大切なことは言うまでもありませんが、常日頃から、自分の身体と対話することです。自分の身体の状態をいつもチェックすることです。

チェックを要する部位と状態
@ 排尿、排便、発汗などの排泄状態
A 爪、唇、歯茎、顔など血色
B 腕、肩、首などのこり
C 噛み合わせ、口の開き、顔面の左右均整
(頭蓋骨のズレがあれば、これらの部位に異常が起きる)
D 前屈、後屈、開脚、側倒など全身の柔軟性
(骨格の歪みや筋肉の硬縮が柔軟性を妨げる)
E 骨格のゆがみ(鏡で観察する)
(骨格の歪みは内臓機能も低下させる)
F 腹部の柔軟性、腹部動脈の脈が静かであること
(しこりがあれば押圧で痛みがある)

これは自分の健康を守るための項目でもあり、治療する側にも大切な項目なのです。B〜Fまでの問題を解消することが出来れば、ほとんどの病気は改善するはずであります。もしこれらのチェックをして、異常があると思われる方は。早急に改善することをお勧めしたいのです。それには、自分の健康は自分で守るという意識と、生活習慣が大切なのです。氣康体操で、理想的な身体を創りましょう。

No.30 病気はなぜ治らない
平成21年3月1日

医療技術や医療機器の進歩により、助からない命が救われていることも事実ですが、治らない病気が増えていることも事実です。西洋医学の素晴らしいことは、怪我や緊急時の傷病に対して大きな力を発揮できることです。また外部から進入する細菌性の病気に対しては医薬品が大きな働きをします。

西洋医学の得意とする治療法は病巣を切除する手術と、病原菌や病巣を医薬品で叩き潰して退治するという、病気と戦う治療法であります。外因性の傷病はこれらの手法で解決できることも多いようですが、生活習慣病といわれている高血圧、糖尿病をはじめとして内因性と思われる病気は、現代医学で治らないのは周知の通りであります。

例えば花粉症ひとつを例にとっても、毎年花粉の飛散する季節になれば、耳鼻科の病院が花粉症の患者でいっぱいになります。花粉症の患者は毎年耳鼻科や眼科に行って、点鼻薬や目薬を処方してもらうという同じ事を毎年繰り返しているのです。
患者は耳鼻科で花粉症が治せないことを知りながら、毎年同じ事を繰り返し、病院も治らないことが判っていながら、患者が来れば薬を投与するという医療が現実に行われております。
そこには患者も医者も花粉症の症状を消すことだけに、囚われて肝心の原因を見つけることが出来ないからであります。

毎年花粉が飛散する季節がやってくることも、その季節になれば花粉症が発症することも、耳鼻科で花粉症が治らないことも、
医師も患者も学習しているはずなのですが、少しも進歩しないようです。花粉症は呼吸器官の働きが、悪いことが原因であることを知れば
治るのです。

最新の検査機器でいかに難しい病気を発見しても、それは症状を発見したことであり原因を解明したことにはならないので病気を治すことが出来ないのです。癌は早期発見、早期治療を合言葉のように沢山の医療機関でさかんに癌検診が行われています。幸いにしてというべきか、不幸にしてというべきかは、判りませんが癌が見つかるというのは、癌という症状を見つけたことであって原因を見つけたことにはならないのです。

どんな病気も症状ではなく原因を突き止めなければ病気は治らない、治すことは出来ないと思うのであります。患者も医師も何故病気になったのかを、掘り下げて考えなければ生活習慣病や慢性病などの内因性の病を、治すことは永遠に不可能と思われるのです。

No.29 肩書きの意味
平成21年2月1日

日本には免許、資格、職業によって、色々な肩書きがあります。医師、薬剤師、教師、牧師など師の付く資格や、弁護士、税理士、建築士などの士の付く資格もあります。

師という漢字を広辞苑で引けば、『学業、芸事を教授するもの』『僧侶、伝道者など宗教上の指導者』『専門の技術を職業とするもの』と記載されています。また士のほうは『官位、俸禄を有し、人民の上位にある者』『兵卒の指揮を掌る(つかさどる)者』『武士』『学業を修め敬重すべき地位にある人』などの記述があります。つまり師の付く職業の人は、指導者としての使命も果たさねばならない職業であることが解ります。

士の付く職業は指導者と異なり、指揮、命令などの業務が含まれているものと解釈することが出来ます。師範、師匠、老師、師と呼ばれる人達は、いずれも人から敬い、尊敬される人格が求められます。

師と呼ばれる職業の代表格は、資格取得の難易度や名誉、地位、収入から考えても医師が一番であると思うのです。医師とは医術の熟練者であると同時に、健康管理のプロ指導者でなければならないと思うのですが、私たちの期待に応えてくれる指導者を兼ね備えた医師は少ないようです。三時間待ち、五分診察では患者の話を、ゆっくり聞くことも、診察の基本である聴診器を当てて身体の声を聞く、手を当てて触診するなどが、とても難しいようです。あまりにも忙しい医師側の事情も察することも出来ないでもありませんが、医師の前に座っている患者の顔を見ることもせず、モニターの画面を相手に診断をするなどは、どこか間違っているように思えてなりません。

病院に通っている人から、よく聞く話では、医師の指示に従っていれば機嫌よく診てくれるのだが、『薬を減らしたい』『注射を辞めたい』などの希望を言えば、途端に不機嫌になり、怒鳴る医師さえ居ると話してくれます。患者が意見を言えば、自分のプライドが傷付けられたとでも思うのか、『お前達、何も判らない素人がつべこべ文句を言うな』とも言わんばかりに,態度が豹変する医師が居るそうです。

医師とは教え導くことを含んだ肩書きであるならば、何故病気になったのか、病気を治すにはどの様な生活をすればよいのか、病気にならないために為すことは何か、など等を指導していただきたいと思うのです。

医術のマニュアルに沿って、医薬品を投与する、手術をするだけならば、単なる医療技術者に過ぎず、医士と呼ぶのが適切な名称であり、医師の名称は似合わないと思うのです。

No.28 本当に治らないのか?
平成21年1月1日

あなたは自分の病や痛みを治らないと諦めていませんか?老齢だから治らない、軟骨がすり減っているから治らない、手術をしなければ治らない、原因不明なので治らない、難病だから治らない、病院ではあらゆる理由をつけられて患者さんは『治りません』と冷酷な宣告をされています。

治りませんと宣告された症病の多くは治らないのでは無く、プライドの高い医師は『治せません』と言いたくないための言い訳でしかありません。

治らないと治せないは全く意味の違う言葉であることを医師も患者さんも理解しなければならないとともに、医師と言う権威ある立場で安易に治らない宣告をすれば、患者さんは治す意欲までも失ってしまうので慎む必要があると思うのであります。なぜなら病院で治らないと宣告された、症病が氣康ヒーリングで良くなる例が珍しくないからです。

本当に治らないというのは、いかなる治療法を用いても治らない事が明確な症病を指すべきであり、他に治療の余地があるなら治らないのでは無くて、治せないと言うべきではないでしょうか。

多くの医師は、他に有効な治療法があるかも知れない事を視野に入れず、自分の知識や能力を過信して現代医学で治せないものは総て治らないと言って切り捨ててしまうのです。また不思議なことは『あなたの病気は治りません』と宣告しながら薬を飲みなさい、手術を受けなさいと、検査を受けなさいと言って売り上げを上げることにはとても熱心なのです。

『治りません』と言うことは私には治すことが出来ませんと言っているのと同じことなのに、治せない治療を続ける事に疑問は感じないようであります。

私の知人ですが、出産して間もなくリュウマチになり病院で治りません宣告をされました。『リュウマチは一度発症すれば治りませんが、これ以上悪くならないために薬の服用と検査を受けてください』と言われ、医師の指示通り通院をしていたのですが病状は次第に悪化して歩行も困難なほどになってしまったのです。これ以上悪くならないようにと病院の指示通り薬も飲みリハビリも受けていながら、日毎に病状が重くなることに疑問を抱いた彼女は、自らの意思で病院では検査だけをお願いして、治療は免疫力を低下させない自然療法(食事療法、運動、サプリメント、呼吸法、氣功、イメージトレーニング、鍼灸、整体など)に切り替えた結果、半年でほぼ完治するまでになったのです。

病院で薬をもらって飲むだけの治療は、患者はとても楽な治療法なのです。薬を飲んで寝ているだけなら患者自身が何の努力も要求されないので副作用のことも考えず、いつまでも薬を飲み続けているうちに二次三次の病気を生み出して、益々病気を重く難治化してゆくのであります。

一方彼女が選んだ自然療法は、施術をしてもらう鍼灸や整体以外は自分の努力が全てであります。幼児を抱えた彼女は『絶対治してやる』という強固な信念が呼吸法やイメージトレーニングを毎日実践できたとも話してくれました。また彼女は病院で治りませんと言われて一時落ち込んだけれど、逆に病院で治らないと言われて自然療法一本にする腹が決まったとも言っていました。

こうしてみると医師からさじを投げられたことも、まんざら悪い事ばかりでもなさそうです。治らない宣告されてもあきらめる必要はありません。生きてる限り治る可能性はあるからです。

いま痛みや病気で苦しんでいる方、長期間の治療を受けても改善しない方、今あなたの受けている治療は、その症病に適しているのでしょうか?今の治療で治る見込みがあるのでしょうか?今の治療は副作用の心配は無いのでしょうか?薬や他人任せの治療に甘んじていませんでしょうか?治すために日々具体的な自己努力をしているでしょうか?誤った生活習慣を正す努力をしているでしょうか?あらゆる角度から疑問を持つことも必要です。

健康を維持するには健康管理を怠らず継続した努力実践が大切です。

No.27 氣康体操
平成20年12月1日

体操といえば小学校で初めて習うラジオ体操を始めとして、スポーツ前の準備体操、各種の健康体操がたくさんあります。健康体操で有名なところでは自彊術や真向法などがあります。泉の会で行っている氣康体操の一部は自彊術や真向法で行っている動作と同じものも含まれていますが、私が長年親しんだ合気道で行う準備体操と私の自動運動を組み合わせて創案した泉の会独自の全身体操です。

人が健康になるために必要なことは身体がいつも柔軟であることです。柔軟な物質は壊れにくい、極論で言えば水も空気も壊れることはありません。新緑の若葉や枝は曲げてもなかなか折れませんが、固い枝ならすぐ折れてしまうのです。身体も壊れないためには、常に柔軟な身体を持続することが必要なのです。身体が硬くなれば病気が多くなります。

近視、耳鳴り、頭痛、肩こり、頻尿、便秘、肝硬変、動脈硬化、などなど病気の多くは身体の硬化が原因と思われます。身体が硬くなることは死に近づいていることです。全身硬直すれば死であることからも解るように、健康であるためには柔軟でなければならないのです。

日常的に固くなる代表選手は肩凝りです。肩凝りといえば中高年の人がなるものだと思っていたら大間違いで、今では若い人も肩凝りで悩んでいます。近視の小学生のほとんど肩凝りが原因だとも知らないで安易に眼鏡やコンタクトレンズで矯正することが治療だと思っている眼科医や親達ばかりなのです。肩凝りを治すために、整体院に毎日通っても永久に解決することはありません。肩凝りを解消するには肩凝りをしない身体を創ること以外に無いのです。

健康維持は薬や治療に頼らず自らが身体を動かして身体機能を高めることが一番なのです。氣康体操は約四十余りの動作を三十分で行います。

腕、肩関節、肩甲骨、肋骨、腰、手首、指、首、腹部、股関節、足首、足指、など体幹部から四肢の末端までの総合体操であります。

身体というのは部品の組み合わせで成り立っているのではありまんが、現代医学では病気症状別に症状の現れた部位にのみ囚われて部分的対処療法が施されます。症状の部位をいくら治療しても、身体は全体で一個の固体であり、全身が精妙な関係で繋がり足の痛みが腕に原因があり、腕の痛みが足や首に原因があったなどという事例もたくさんあります。

氣康体操には一般的に行われている柔軟体操なども含まれていますが、腕振り、足振り、体幹部を柔軟にする胴体くねくね運動、手首の運動など他の健康体操には無い動作がたくさん含まれているのが特徴です。手首が凝る、手の甲が凝るなどは誰も思ってもいないのですが、実際に手首や指、甲が凝ることによって、肩凝り、首凝りに発展してやがては目眩、耳鳴り、難聴、偏頭痛、視力低下など慢性的な症状になり、医薬品で改善しようと思って薬に頼ればさらに難治化されるという悪循環に陥るのであります。手首のコリが腕から肩、首と連鎖してコリの範囲が広がってゆきます。

私の知人に八十歳のになった今も毎週土日には合気道を楽しんでおられる人が居ます。この男性はなんと七十歳から合気道を始めて七十八歳で初段を取得しました。合気道を始める前は数種類の薬を毎日飲んでいたそうですが、合気道をするようになって半年で薬を全て止めることが出来たと喜んでいます。合気道には手首を使った技がたくさんあるため、自然に手首が柔らかくなり連携している腕、肩や首の動きも良くなる為に結果的には自律神経の働きが良くなって健康になるのです。

首が凝ると何故病気になるか説明すれば自律神経の働きが悪くなるということです。頚椎の奥には生命脳と呼ばれている間脳があり頚椎の歪みや可動不良と密接な繋がりがあって自律神経の働きを左右するからです。

人間には三種類の脳があり人間脳と呼ばれている大脳と運動分野を司る小脳そして生命維持の自律神経を司っている間脳があります。自律神経とは自分の意思で操作できない内臓の働きなどを司っている神経です。大脳や小脳が壊れても生命を維持することは出来ますが、間脳が壊れると脳死という判定が下ります。

中高年になり身体を動かさなくなると全身の柔軟性が損なわれて、身体機能が低下するのです。単に運動不足と甘く見ているととんでもない事が現実に起こってきます。自律神経の働きが悪くなり、身体の各所に異常が出てくると、当たり前のように薬に頼ってしまうのです。運動不足が薬で解決することなど有り得ないはずですが、医師も患者も安易に薬に頼ってしまうのです。冷静に考えれば答えは明白なのですが、医学、科学という聞こえの良い言葉に惑わされているのではないでしょうか。運動不足の解消は決して難しいものではありません。毎日怠らず運動すれば良いだけなのです。

氣康体操は理想的に構成されておりますので毎日継続するだけで柔軟な身体、健康な身体を作ることができるのです。忙しくて時間が取れない人は、必要な動作を一分ずつでも良いのです。一日に一分を三十回やれば三十分体操をしたことになるからです。トイレの中、車の中で信号待ちの時間、洗面所での一分間、どんなに忙しい人でも考えれば体操する時間などいくらでも捻出できるはずです。頻尿や排尿障害も股割り運動などで股関節や膀胱周辺の筋肉を緩めると症状を改善することが良くあります。腰痛で悩んでいる人は、前屈運動、捻じり運動などがおすすめです。運動は病気予防になるばかりでなく、病状の改善にも大きな働きをするのです。氣康体操を継続して行えば、様々な病気を解消することも可能であります。

会員さんの中には氣康体操をやって視力が上昇した人、頻尿が改善した人、肩こりを解消した人、喘息が治った人など数え上げればきりがないほど多くの実績があります。古武術研究家で有名な甲野善紀先生の教えを受けると良くわかるのですが、鍛えるとスピードが鈍るので、甲野先生は筋力トレーニングはやらないそうです。柔軟な身体が甲野先生の達人技に繋がっているのです。

私の提唱している、お金の要らない健康法の健康五訓でも、正しい呼吸、正しい睡眠、正しい食事、正しい想念、そして正しい運動(氣康体操)をおすすめしているのです。いつでも行うことが出来る氣康体操はお金のかからない素晴らしい健康法です。是非習得して毎日の健康管理にお役立てくださることを願っております。紙面で複雑な動作の説明を表現することはとても困難でありますので割愛いたしますが、日本中の皆様が習得して健康管理にお役立ていただきたい素晴らしい体操だと思っております。

No.26 ひかりの身体
平成20年11月1日

私たちは両親を縁として頂いた生の肉体と、神様から頂いたひかりの身体が合体して、地上界での生活をしています。生の肉体はパソコンで言えばハードであり、ひかりの身体はソフトに当たります。

いきなり宗教じみた話を持ち出しましたが、新興宗教の話ではありません。誰もが身体は自分のものだと思っていると思いますが、私の肉体は私たちが現世で生活するための乗り物でありその実態はレンタカーのようなものだと思うのです。私たちはこの地上生活を長くともせいぜい百年もすれば肉体を捨てて、ひかりの身体であの世に帰れねばならない事も事実であります。

いかに自分のものだと思っていても、身体は自分の自由にならない事柄がたくさんあります。心臓も胃腸も自分で操作は出来ないし、老化も止めることは出来ません。生の肉体は手足など自分で自由に動かせる箇所は限られておりますが、ひかりの身体は自由自在無制限の動きが可能なのです。

このひかりの身体は普通の人には肉眼で見ることは出来ませんが、感じることは出来るのです。手足の欠損した人が、肉体として存在しないはずの箇所に痒みを覚えたり、だるさを感じるとよく言われます。これなども肉体として欠損しても、ひかりの身体は失われず健全な状態を保っているので失ったはずの手足に感覚があるのです。

生の肉体とひかりの身体が合体している状態が生存している条件とも言えます。肉体からひかりの体が抜け出して、還らなくなれば死を意味します。

私たち氣の勉強をしている者にとっては、ひかりの身体を理解することで多くの疑問を解くことが出来ます。氣のパフォーマンスで身体に触らず、人を動かす、飛ばす、押さえつけるなど科学では説明することが出来ない現象を見せることが出来るのは、ひかりの身体を操作することで可能にしているのであります。氣パワーでひかりの身体を肉体から抜いて移動さすことによって肉体がひかりの身体を追っかけて移動するために起こる現象であります。肉体とひかりの身体は常に密着していることで人間として正常な働きが出来るのは、パソコンのハードとソフトの関係と同じであります。

肉体が移動すればひかりの身体も必ず同体で動くのですが、ひかりの身体はひかりであるがゆえに質量が存在しないので光の速度で肉体よりも先に動くことが可能なのです。

氣の勉強を始めて間もないころ、ある有名な気功の先生に『氣は何故触れないで人を動かすことができるのですか?』と質問したことがあるのですが、答えは得られませんでした。この疑問をいつか解明したいと思っておりました。それから数年経ったある日、氣の稽古中に人の身体からソフトを取り出して横に移動すると、身体は必ずソフトを移動させた位置まで着いて来るという現象を発見したのです。

この事はヒーリングにも大いに役立つのです。たとえば脊柱側湾の治療の場合、曲がった肉体背骨を矯正することは難しいのですが、肉体に同調して曲がっているひかりの身体を真っ直ぐに伸ばしてあげれば、逆の働きが起きて肉体がひかりの体に同調して伸びてくるのです。

ひかりの身体は眼にこそ見えませんが私の中では理論としても現象としても立派に成立しているのであります。ひかりの身体理論を唱えている氣功家は私以外に誰も居られないようですが、氣の世界を神秘性だけで捉えるのではなく、誰もが納得の出来る説明が出来るようになれば、氣ヒーリングを怪しげなものと思わなくなることでしょう。

しかし残念ながら氣の世界には数値や画像で表すことが出来ないために、まだまだ多くの謎が残っているのも事実です。科学的証明が出来なくとも、氣ヒーリングで現代医学に見捨てられた人たちをたくさん救済していることに誇りを持ち、ひかりの身体に働きかければ世間では奇跡と言う出来事も氣の世界では常識となるのです。

No.25 口呼吸の弊害と呼吸法
平成20年10月1日

生命あるものが生きるうえで最も大切なのが呼吸であります。呼吸が止まれば生きることは出来ないのです。呼吸は生きるために絶対必要であるため、私たちは学ばなくとも生まれながらにして正しい呼吸が出来るように仕組まれております。

生後数ヶ月までのすべての子供は必ず鼻呼吸をしている、別の言い方をすれば身体の構造が鼻呼吸しか出来ないようになっているのです。生まれたての乳児は気道と食道はつながっていないため動物本来の鼻呼吸を行っているのです。成長に伴って食道と気道がつながって空気の流通ができるようになり、口呼吸することが可能になるのです。

口呼吸が出来るようになるとやがて言葉を覚えて話が出来るようになっていきます。人は他の動物と違って口呼吸を得たことにより複雑な言語を発することが出来るようになったとも言われております。その反面、口呼吸が可能になったためにさまざまな病気を生み出す原因ともなっているのです。

鼻の持つ役目、口の持つ役目を考えてみれば良く解るのですが、鼻があり口があるということはそれぞれ別の使命があるからなのです。

鼻の大きな役目は呼吸と嗅覚を司る働きをすることです。動物にとっての嗅覚は餌を探すことから危険を察知するなど生きるため、身を守るため、子孫を残すためなど大切な役目があります。もちろん呼吸は生命維持に欠かせない最重要の役割なのです。

呼吸は鼻に与えられた役目ですから、鼻には呼吸をするためのさまざまな優れた機能が備わっています。鼻には鼻毛があり、鼻孔には粘膜があり、その奥にある鼻腔との連携作業で異物を除去し、汚い空気を清浄化して冷たい空気を適温にして、乾いた空気に湿度を与え安全な空気を肺に送り込んでいるのです。鼻には二重三重の安全装置があり、異物は鼻汁などとなって排出されることもあります。これらのことを考えれば鼻は私たちの生活を守ってくれる大切な器官なのです。

一方こうした安全装置の無いのが口なのです。もちろん口には食べる、話すなどの、鼻とは別の大切な役目があるのですから、鼻の機能が無くて当然なのです。口は飲食をする、言葉を発する為の器官として働くように出来ていますが、複雑な言語を話すには息を吸う吐くなどの微妙な働きが必要なので、口で空気の出し入れが出来るようになっているのであり、生命維持のための呼吸をする適切な機能は備わっていないのです。口を鼻の代用として呼吸を行えば、汚染された危険な空気をストレートに肺まで送り込むことになります。乾いた空気や冷たい空気などもストレートに肺に送り込まれるために口呼吸は、身体に負担をかけるばかりでなく、呼吸のたびに危険に晒されているのです。

呼吸器科の専門医の書いた書物を読めば、口呼吸は免疫力を低下させてさまざまな病気の原因となることが詳しく書かれております。口呼吸が原因で発症しているとされている病気を列記するとおびただしい数になります。

呼吸力で病気に強くなる・西原克成著より
【口呼吸が原因となる病気とその器官】

炎症・腫瘍・偏頭痛・うつ病・脳炎・髄膜炎・脳症・脊髄小脳変性症・ミトコンドリア脳筋症・進行性筋萎縮性側索・硬化症【ALS】・多発性硬化症(てんかん)・リュマチ・関節炎・白血病・関節痛・橋本病・甲状腺炎症・重症筋無力症・腫瘍糖尿病・膵炎・腎炎・腎症・ネフローゼ・子宮筋腫・子宮内膜症・生理通・膀胱炎・前立腺炎・不妊症・白血病・悪性リンパ腫・再生不良性貧血・血小板減少症・網膜症・ぶどう膜炎・ベーチェット病・緑内障・白内障・耳鳴り・難聴・メニエール病・鼻炎・扁桃腺炎・心筋症・心筋炎・動脈硬化症・口内炎・口腔乾燥症・喘息・肺気腫・気管支炎・肺炎・肝炎・多発性筋炎・皮膚筋炎・ヘバーテン結症・爪の炎症・皮疹・湿疹・アトピー性皮膚炎・丹毒・乾癬・蕁麻疹・腸炎・胃炎・クローン病・胃潰瘍・十二指腸潰瘍・潰瘍性大腸炎・膠原病・強皮症・

このようにありとあらゆる病気が口呼吸が起因していると言う説があります。私は医学者ではないのでその真意はわかりませんが、口呼吸が身体に多大な悪影響を及ぼしていることに間違いは無いのです。人間以外の哺乳動物は食道と気道の流通が出来なくなっているために、すべて鼻呼吸だけで生活をしているそうです。野生の動物たちに病気が少ないのも正しい呼吸法をして正しい食生活をしているからではないでしょうか。そんな大切な呼吸でありながら、親からも学校の先生からも正しい呼吸法を教えてはもらえません。子供を育てる教育の中で呼吸法を指導する発想はどこにも無いからです。

これからは家庭で、教育の現場で、医療や介護の現場でも、健康になるためには呼吸法が大切であることを広く世間に知らしめる必要があると思うこのごろです。

No.24 柔よく剛を制す
平成20年9月1日

私は氣が理解できるようになるまでは武道の言葉で(柔よく剛を制す)と言うのは力の弱い者が柔道の巴投げのように相手の力を利用して自分より力の強い相手を倒すことだと思っておりましたが、これは間違いであることに気付きました。

剛の者といえば腕力、筋力の強い人のことですが、スポーツや武道では筋力の強いものが必ず勝てるとは限りません。筋力、智力、テクニック、スピード、バランスなど総合的な要素が良い成績に繋がるのです。

そこに氣がプラスされればもう鬼に金棒というところでしょうか。剛とは筋肉隆々に鍛え上げた肉体や岩石、金属、鉄筋コンクリートなど固いというイメージです。

一方、柔とはしなやかな肉体、新緑の若葉、水、風、空気などをイメージできます。氣に対する解釈は諸説あるようですが私は、氣は意識エネルギーであると考えております。

自然界を観察すればエネルギーを発したり強いエネルギーを持っているのは柔らかいものばかりです。自然界で最大のエネルギーは何と言っても太陽エネルギーです。太陽そのものが固いか柔らかいのか私には解りませんが、送られてくる熱や光は全世界の隅々まで入り込めるほど柔らかいものです。風も空気も水も説明するまでも無く柔らかいものです。このとても柔らかい存在が、時には台風となり洪水となり、とてつもなく大きなエネルギーを発するのです。

岩石や大木などにも氣エネルギーを感じることは出来ますが、太陽や水、風などの発するエネルギーから比べると無いにも等しいものだと思います。エネルギーを発するには柔らかいほど強いエネルギーが出ることがわかります。

人の身体に後ろから腕を回して胴体を腕の上からがっちりとつかむと、ほとんどの人は逃げることが出来ません。猫や魚は握っても、胴体をピクッと動かすだけで手からスルッと逃げてしまいます。

人の胴体は肋骨で固定され可動性が少ないために捕まれると腕を振り離すことが難しいのですが、猫や魚のように柔らかい胴体の持ち主は簡単に抜けられるのです。これも小さな魚が力だけで逃げたのではなく、何らかのエネルギーを働かしているのではないかと思われます。

人も胴体をゆるゆるに柔らかくすれば強い力で腕の上からがっちりと捕まれた身体を一振りではずすことが可能となります。これなどは絶対に力まかせで頑張ってもどうにもならない事が判ります。

氣エネルギーを自由に駆使するためには猫のように、魚のように、水のように、柔らかくなればなるほどより強いエネルギーを発することが出来るようです。筋力はいかに鍛えても限度があるはずですが、氣エネルギーに限度はありません。筋力の強い者に勝つにはそれ以上の筋力があれば勝つことが出来ますが、筋力の弱い者でも柔らかくなれば簡単に勝つことが出来るのです。なぜなら柔らかくなることで筋力以上の氣エネルギーを発することが出来るからです。

自然界の営みも動物の動きも柔はテクニックではなく柔エネルギーにより剛に勝つことが出来るので、これで(柔よく剛を制す)の意味を説明することが出来ます。

No.23 相を正す
平成20年8月1日

家相、人相、手相、墓相など日本には様々な相を扱う学門があります。

男は四十歳を過ぎれば自分の顔に責任を持てとも言われます。意地悪い人は意地悪そうな顔をしている、嘘つきは嘘つきの眼をしている、温厚な人は温厚な顔をしています。

若いうちは心の内面が顔に現れにくいのですが、中高年ともなればその人の生き様や性格が顕著に顔に現れてきます。

私が食品卸の会社を経営していた時、ある男性社員を新規に雇用致しました。採用して数日後の事、懇意にしているある会社の社長が訪ねてこられたのです。

階下の倉庫で新入社員と言葉を交わしたらしく、事務所に入ってくるなり『あの人は社員ですか?』と問われるので『そうです、先日採用したばかりです』と答えました。其の社長は何か感じる事があったらしく『少し気を付けた方がいいな』と言うのです。

『何で? 何か変な事でも言いましたか』と聞き返しましたが、『何も言ってないけど、目つきがおかしい』と根拠の無い答えなのです。其の社長はある宗教団体の熱心な信者でもあり教会では講師を勤めるほどの人格者です。

私とは二十歳ほども年齢差があるのですが以前から気が合うというのか、永年親しくしていただいている人なのです。その日は大して気に留めることも無く雑談として聞き流していたのですが、それから三ヵ月ほどして社長が心配していた事が現実に起きてしまいました。

仕入先、お取引先とのトラブルや商品備品の盗難や商品仕入れに関したトラブルなどで短期間に総額1〇〇〇万円ほどの損害を発生させたのです。あの時社長の言葉をしっかり受け止めていれば、事前に防げたかも知れないのですが、後の祭りでありました。

後で冷静にトラブル社員の顔を思い浮かべてみると、嘘つき特有の眼をしている事が理解できたのです。其の後は、採用時に人を見るときは顔が履歴書だと思って観察しているので、トラブルを起こす社員はいなくなりました。

人相学を学ばなくとも、注意して良く観察すればそれなりに判るものです。このように人格が顔に表れるとすれば、病気も顔や身体に表れて当然であります。

【胃腸は語る】の著者である新谷弘実医師は著書の中で【胃相】と言う言葉を使っておられます。新谷医師は胃カメラの専門医であり、胃を見ればこの人がどんな食生活をしているか、良く判るそうです。胃という部分臓器にも相があるとすれば全体である身体にはもっと大切な【身体相】が隠されているはずであります。

顔の歪み、首の歪み、肩の歪み、脊椎の歪み、骨盤の歪み、顔色、脈拍、体温、などなど観察すれば沢山の異常が山のように存在します。

頚椎、胸椎、腰椎、仙骨、骨格の中心が歪めばあらゆる臓器や末端の四肢に至るまで悪影響を及ぼす事は広く知られております。部分の相を見ることも必要かもしれませんが、本当に必要なのは全体の身体相を的確に観察する事ができなければ正しい診断をする事は出来ないと思うのであります。

不健康の基となる体の歪みや捻じれを引き起こす原因の多くは、職業やスポーツによる偏った体の使い方、過度の緊張なども其の原因であると言われておりますが、見落としてならないのが毎日休まず行なっている呼吸と睡眠時の寝相が原因となっていること事です。

呼吸は産まれてから死ぬまで休み無く行なっている生命維持に不可欠は身体運動であります。また人生三分の一は寝ている時間であります。呼吸と寝る、最も多くの時間を費やしているこれらの方法が正しくなければ、当然身体に悪影響を呼吸の及ぼしてくるのは明白であります。

口呼吸の弊害は数え切れないほどありますが、この件につきましては、呼吸法の章で詳しく述べさせていただきます。

ここでは殆どの人が気が付かない寝相が身体に与える影響に触れてみたいと思います。

私達の身体は二百余個の骨が、骨格筋で接続されて人体が形成されております。身体が歪む、骨がずれるのは骨が勝手に歪んだりずれたりする訳ではありません。

偏った使い方や筋肉を緊張させる事で骨格が歪んでくるのですが、寝姿にも大きな原因が有るのです。其の中でも一番多いのが横寝による脊椎の湾曲、骨盤の変異が挙げえられます。

足を組んで寝ることも身体に影響が出ます。また横寝による変異は脊椎や骨盤のみならず頭骸骨のズレも引き起こすのです。

頭骸骨は二十三枚の骨が集合して球体となり大切な脳を守っております。横寝やうつ伏せ寝を継続すれば、長時間にわたり片面からの圧力が掛かるため頭骸骨がズレて来るのです。頭蓋骨のズレは偏頭痛、耳鳴り、難聴、視力低下、顎関節症などなど深刻な症状の原因となることが多いのです。

私達の身体は正しく使えば百二十年は持つであろうと細胞分裂の回数から推測できるそうです。身体を正しく使うと言う事は私の提言している健康五訓、呼吸、睡眠、食事、運動、想念を理解して尚且つ実践する事であり、其の現われとして人相、胃相、寝相も良くなり健全な身体相を手に入れることが出来ると考えるのであります。

No.22 揺することの意味
平成20年7月1日

泉の会の氣康体操にブラブラ体操(骸骨運動とも呼んでいる)があります。氣康体操の動きの多くは私の身体に発生した自発動をヒントにして創り出した動作がたくさんあります。このブラブラ体操もその中のひとつで、とても簡単なものです。リラックスして立ち、ただ身体をブラブラと骸骨の模型をぶら下げてゆするが如くに揺するだけなのです。私はこのシンプルな体操をとても気に入っている、実はこの簡単な動きが意外と難しいのです。

ラジオ体操のように形のある動きは誰でも出来るのですが、このブラブラ体操は形がありません。全身すべての関節筋肉を極限まで緩ませて腕は紐が垂れて揺れているごとく、胴体は軟体動物のように、首も骨があることを感じさせないぐらいに揺する事が出来れば最高です。形が無い、決まりが無いのでどのように揺すっても良いのですが、身体の芯まで緩まねばこの運動は上手く出来ません。身体を揺するだけで、肩こりや視力が良くなったり腰痛が改善されるなどその効果は大きいのです。私がこのブラブラ体操で身体を揺することが、大事だと考えている理由はいくつかあります。

心身のリラックスをさせる・骨格の歪みや捻じれ変異を解消させる・筋肉の緊張を解消させる内臓下垂を防止する・体内水分の鮮度を保つなどであります。もちろんこれらの説は私が体験的に感じていることであり、医学的検証をしたものではありませんが、ブラブラ体操が上手に出来る人ほど柔軟な心と身体の持ち主であり健康でもあります。またこれらの人は氣を感じる、氣を発する能力も高いのです。それぞれの理由を私の独善な説明をさせていただきますと、人間は物質的肉体と意識の合体によりこの地上界で活動が出来るように作られております。意識の無い肉体はただの肉塊にすぎず何の用も足さないし、肉体の無い意識はこの地上界では死を意味します。この精妙に作られた意識と肉体も酷使され緊張が続くと、やがて病気と言う警告が発せられます。

この緊張を解くのがブラブラ体操であります。ストレス解消と思って過激なスポーツなどをやれば余計に筋肉が緊張するのでリラックスできません。緊張とは硬くなっている状態の事であり、その反対は緩むことなのです。まずブラブラゆらゆらと身体を揺すれば筋肉が緩みます。身体がリラックスできれば自然と心も緩み、緩んだ状態をリラックスと言っているのです。次にゆがみ、捻れ、ずれ、などの骨格変異はなぜ起こるのか、人間の身体は二百数個の骨で形成されており、その骨は骨格筋で接続されて可動できるように作られております。多方向に接続されている骨格筋が何かの作用で緊張バランスが崩れると緊張の強い方向に骨が変異いたします。代表的なのは腰椎がずれているとよく言われますが、ずれている腰椎を加圧して正常位置に戻しても骨格筋の緊張を解消しなければ時間が経てばまたずれてしまいます。

無理にずれた骨を矯正しなくとも骨格筋が緩んでしまえば変異した骨格は正常位置に戻ってしまいます。ブラブラ運動、さらに進んで自発動が出来ればさらに効果が高くなります。現代医学は診療科目がやたらと沢山ありますが、人体の構成は骨と筋肉と水分であります。筋肉が身体の何パーセントを占めるかは知りませんが、通常筋肉と呼ばれている部位も内蔵も筋肉であります。身体は骨と水分以外はほとんどが筋肉であります。

病気や痛みは筋肉の硬化や変異により起こるのですが、現代医学の不思議に何故、筋肉科なる診療科目が無いのでしょうか。多分、筋肉はレントゲンに写らないので検査の対象に出来ないからだと考えられます。内臓も含めて、すべての筋肉をブラブラ体操でしっかり緩めてやれば必ず健康になれます。さらに揺すれば健康になれるという理由に、揺することで筋肉が緩むことと連携して整体が出来ると言うことです。試しにザルなどの器に入れたお米をかき乱して、揺らしてやると乱れお米はきれいに整ってしまいます。乱雑に入れられゴミなどもゴミ箱を揺らすと、きれいに収まって嵩が小さくなるのが解ります。

人の身体も物体も同じで、リラックスして揺すれば、すべてが一番良い状態に整ってくるのです。ブラブラ運動や自発動は誰でも出来るお金のかからない最良の自己整体術であります。また身体の約七十%は水分であると言われておりますが、運動不足の現代人は体内の水が腐ってしまいます。自然界を観察しても、清流の水はいつもきれいに澄んでおりますが、沼池などの水はガスを発生させております。水は動きが無ければ腐ってきます。遠洋漁業の船倉に載せてある水は常に揺れているため腐らないと言うのを聞いたことがありますが、体内の水も腐らせない為には揺することです。揺すれば鮮度の良い水を維持することが出来るはずです。清流も流れが止まれば汚れます、身体も動かさなければ汚れるのは清流の水と何ら変らないのです。

体内では酸素、血液、リンパ液、食物、排泄物が絶えず流れております。これらの流れが止まれば大変な事に成ります。流れが止まらないように、毎日身体を揺することは健康増進につながります。これらは私の氣康的思考であり、学問的に適切かどうかは判りませんが、揺することで健康になれるという事実は体験的に間違いありません。健康になるためにお金などかける必要はありません、健康の秘訣は常に自然界が教えてくれています。

No.21 正しい想念
平成20年6月1日

病気を作る要因として忘れてならないのが意識であります。

精神世界を研究している人の説によれば、病気の70%は意識が作るとまで言い切っております。

意識が作る病気は精神的障害だけでなくその影響は肉体にも及ぶのです。

私達の身体をパソコンに例えるならば身体がハードであり意識がソフトに当てはまります。

いかに頑強な肉体の持主でも眠っている時に襲われたらどうする事もできません。

睡眠中は耳元で悪口を言われても聞く事も出来ないのは、意識というソフトのスイッチがオフになった状態なので、体はただの肉塊に過ぎないので反応する事はできないのです。

手足を動かす事ができるのも意識が働く事で可能となり、手足が勝手に動く事はできないのが私達の身体であります。

動くエネルギーを発動させるには、動かすという意識エネルギーを伝達することで、身体を操作する事が出来るのが解る様に私達の主となる存在は意識であり、肉体は従なのです。

肉体の働きは主となる意識の命令なくして動く事は出来ません。

不随意に働く内臓諸器官は自分の意思で操作をする事は不可能ですが、これも私達の想像を超えた大いなる意識で動かされていると思われます。

全面的に主導権を持っている意識が正しく働かなければその命令下に置かれている肉体も正しく働く事が出来ません。

氣は心、気はエネルギー、自然界の現象や物質に多様なエネルギーを感じる事が出来ます。

音、色、言葉、風、炎、文字、植物、岩石、生命体、意識、その他エネルギーは私達の周囲に満ち溢れております。

その中でも私達が自由に駆使できるのが意識エネルギーであります。

身体は動物としての肉体能力以上のことを行うことは出来ませんが、意識(想念、心)は身体を超えて社会常識も法律も超えて何でも思う事が出来る便利でもあり、半面危険でもある機能であります。

言い換えれば良いエネルギーも悪いエネルギーも自在に発することが出来るのが意識の便利でもあり厄介な部分でもあります。

胃が悪い、胃が悪いと毎日思っている人はいつまでも胃が良くならず、肝臓が悪い悪いと言っている人も肝臓は治らない、そこには自分が胃や肝臓が悪いというエネルギーを想念と言葉で毎日撒き散らしているからであります。

人間関係で自分の思い通りにならないと人はストレスを感じます、まして悪口を言われたり損害を掛けられた場合は憎悪の念を燃やす事になります。

こうして私達は自分の意に沿わない事には、恨み、憎しみ、怒り、妬み、殺意、不平、不満、 不足、など悪想念のマイナスエネルギーを噴射してしまうのです。

これらのマイナス意識は精神的トラブルだけでなく。身体にも大きな影響をもたらします。

特に難病と言われる病気ほど意識が関与していると思われるのです。

自分の意に沿わない事柄も受け入れる側の受容能力が小さい為にすぐ心を乱してしまうのです。

周囲から撒き散らされてくる毒を食べないようにするのも人生勉強であり、平安な心を維持する為には常に毒を食べないように心がけねばならないのです。

健康とは【健体康心】が短縮された言葉であり(健やかな身体、康らいだ心)を健康と言います。

健康の語源から解釈すれば、いかに身体が頑強でも心が平和でない人は真の健康とは言えません。

感謝する心、愛する心、赦す心、詫びる心、奉仕する心、など私達の戒めになる教訓はたくさんあります。

毎日を感謝の心で笑って慶びの生活をすれば、健康の道が開けそうです。

No.20 正しい運動
平成20年5月11日

スポーツは身体に良い、身体を鍛えて健康になろう、この言葉に疑いを持たれる人は少ないのでは無いでしょうか。

本当に人は鍛えたりスポーツをすれば健康になれるのでしょうか?

答えは正しくもあり間違いでもあります。

なぜなら身体に良いかどうかはその内容が大きく左右するからであります。

人の身体は鍛えれば強くはなりますが強い事と健康は必ずしも比例するものではないからです。 

スポーツで身体を壊している人の多いことも事実です。

特に学校で行う運動クラブ活動は異常とも思われます、子供達の体の限界を超えて長時間の練習を強いて競争に勝つ事ばかりに必死になり、運動クラブのスポーツは健康のためでも楽しむためでもなく学校の名誉のために好成績を収めるためだけに頑張っているように見えるのです。

競争を伴うスポーツはややもすれば過剰な練習などで身体を傷めることが多いので注意する必要があります。

スポーツを愛好する人は健康が目的なのか、強くなるのが目的なのか、その目的を見失わないで行う事が大切であります。
本当に健康が目的なら無理なスポーツは身体に負担が掛かるので自重するべきであります。

人間の身体は骨と筋肉と水分で構成されていますが、運動機能は全てが筋肉運動であります。

筋肉は自分の意思で操れる随意筋と神様の意思に委ねる不随意筋があります。

これらの筋肉が硬化することで様々な機能が低下したり、痛みを発症いたします。

肩こり、腰痛などの痛みを伴う症状も内科的病症状も筋肉が硬くなって起こっております。

また偏頭痛、近視、耳鳴り、難聴、白内障、不定愁訴、更年期障害、尿失禁、頻尿、うつ病など筋肉に関係の無いと思われる症状も筋肉を緩めてあげれば改善することから考えれば、筋肉とあらゆる症病が密接な関係にあることが判ります。

人体の大部分を占めている筋肉は身体機能に大切な働きをしているばかりでなく、病気の多くも筋肉が関与している事は間違いありません。

呼吸、運動、消化、排泄どれをとっても筋肉のお世話になっていることが解ります。

しかし日本の病院には筋肉科という診療科目が存在し無いのは現代医学の盲点だと思うのです。

筋肉はX線撮影ができないことも、医学者が研究の対象に考えないのかもしれません。

胃も肝臓も肺も心臓も筋肉である事を考えれば筋肉を無視しての医療はどこか矛盾を感じるのです。

現代医学では筋肉が病気を引き起こしているという考えは無いようですが、病気の多くは筋肉の硬縮から始まります。 

たとえば腰痛や側湾症などは椎骨の変異が原因であると言われますが、骨格の歪みが原因では無いというのが私の持論であります。

骨格が勝手に歪んだのでは無く、骨格を歪ませたのは周囲に働いている骨格筋の硬縮に原因であるからです。

肝硬変も癌などの内科的症病もその部位が硬化しているのが良く判ります。

さらに突っ込んで考えればその筋肉を硬くしてしまったのは、運動不足などの生活の誤りが筋肉の硬化を助長させているのであります。

健康であるために運動が必要なのは筋肉の老化、退化を防ぎ柔軟な筋肉を維持するためには運動以外に解決方法が無いからであります。

健康のための正しい運動とは激しいスポーツでも筋力トレーニングでもありません。

(柔よく剛を制す)の言葉がありますが剛は硬くて壊れやすいですが、柔は粘り強く壊れる事はありません。

一見強いと思われる硬い岩石や鉄よりも柔らかい風や水、炎などが絶対強いことでもご理解いただけるのでは無いでしょうか。

泉の会氣康体操は健康になるための条件を考慮して組み立てており、四肢の末端から体幹部まで全身の筋肉を緩めることが出来ますので毎日行えば必ず予想以上の効果を得る事が出来ます。

No.19 正しい睡眠
平成20年3月1日

昼行性動物は暗くなれば寝る、明るくなれば起きる、これが自然の姿でありますが、人類が照明を手に入れた事により夜更かしをするようになり、最近ではテレビやラジオの深夜放送、終夜映画、二十四時間営業の様々な業種が営業しており深夜族と呼ばれる人が多くなっているようです。

自然の営みに逆らって長期間の夜更かしは、自然界の時計と体内時計のズレが生じやがて修正が効かなくなり、精神的障害を引き起こすばかりでなく癌などの難病にもつながると考えられます。

脊椎動物である人間が二本足歩行をする事で常に重力に逆らわねばならず、ストレスを受け続けているのです。

骨休めという言葉は寝る事によって重力のストレスから解放される時間が必要な事を教えております。

人体に大切な血液は骨休めをしている時間に骨髄で製造される仕組みになっているようであり、従ってしっかり骨休めをしないと健康な血液は製造できないので、いたずらに夜更かしをするなどは自己の体を犠牲にしていると思わねばなりません。

元気な時に夜更かしを続けていた結果、鬱病になってから夜眠れないと相談される方が多いのですが病気になったから眠れないのではなく、元気な時から夜更かしで昼夜逆転の生活を続けた結果心身が自然界のリズムに合わす事ができなくなっていると思われます。

病気になればいかにも病気が悪いように思っているようですが、一番悪いのは夜更かしばかり続けた自分が悪い事に気づかねばなりません。

夜更かし、働きすぎ、飲みすぎ、食べすぎなど殆どの病気は自らの生活の誤りが起因していると考えて間違いないようです。

睡眠は身体のエネルギーを高めるだけで無く、精神的エネルギーを充足させる大切な時間であります。

早寝早起き充分な睡眠を心がけることも健康維持に欠かせない条件の一つです。

No.18 正しい食事
平成20年1月1日

人間は脊椎動物であるがゆえに骨休めをしなければならない、また食生活の上でも人間は草食動物であることを忘れてなりません。

正しい食生活の基本は自然界に学ぶ事ができます。

虫は植物の葉を食い、鳥は虫や実を食い、草食動物は草を食い、肉食獣は狩をして肉を食うこれが太古の昔から変らないであろう自然界で営まれている食生活の掟であります。

総ての生命体はそれぞれが自己能力で取得できる自然界に存在する範囲の食糧で生きています。

本来は人間も野生動物と同じく、自分達の食糧のために能力以上の獣や大型魚を獲る事は出来なかったはずであります。

神様はそれぞれに必要な能力を与えて、必要がない能力は与えられておりません。

それでも知恵ある人間は様々な道具を使い魚や鳥、獣を捕獲するようになり、明治以降に西洋文化が流入して、肉食の習慣が次第に広まりわずか100年ほどの間に日本人の食生活は大きく変ってしまい食の掟は破られたのです。

草食動物が他動物の肉や乳を摂取する事は、本来身体に適合しない食品なので排泄障害や血液の汚れなどが生じた結果が、現代の生活習慣病、難病を生み出しております。

また商業的作戦で、防腐剤、着色剤、甘味料など食品添加物と言う名前の毒物を毎日食べさせられている事も見逃せません。

私達は草食動物であると言う原点にかえり玄米、野菜、穀物、海藻、小魚など中心の生活を心がけて、可能な限り自然食を実践する事が健康への近道となるのです。

白米、白砂糖、化学塩、肉、牛乳、インスタント食品、清涼飲料水、化学調味料なども良くない食品の代表です。

食品添加物や化学調味料は自然界に存在しない加工品であり当然身体に良い訳はありません。

暑いときに飲む冷たいビールは確かに美味しいのですが、急激に内臓温度を冷やすので身体にとっては大きなストレスとなります。

食べすぎ飲みすぎも内臓に過酷な労働を強いてストレスとなり、ストレスが重なれば癌などの恐ろしい病気の引き金となりかねないのです。

綺麗な空気を吸いたいと思っても、空気を選ぶことは難しいので住居地の空気を吸っていかねばなりませんが飲食物は自由に選ぶことができます。

有名メーカー品が優良品と決め付けるのは早計です、有名無名にかかわらず品質の良し悪しを識別できる勉強を知る事も大切な事であります。

誰もが健康食品と思って疑わない梅干さえも、減塩するために防腐剤が使われ、美味しくするために化学調味料が使用されている商品が良く売れているのも事実であります。

健康を望むなら飲食物の選択を誤らず、自然食、小食を実践し良好な排泄を心がけ、生活を正す事が健康への近道です。

No.17 健康に生きる為には
平成19年12月1日

子供の頃学校で学んだのは、人が生きる為に必要なものは衣・食・住であると教えられましたが、衣、食、住は物質的に豊かな暮らしをする為には必要な要件ではありますが、生きる為に衣食住が必ずしも絶対必要条件の第一とは言えないのです。

古代人は衣服や住居が無くても生きていた事も事実であります。

私達は人間を特別な存在として捉えているようですが、人間も他の動物もこの地球上に生存する動物の一品種であり、分類すると哺乳動物、脊椎動物、草食動物、であります。

霊長類と言う分類は人間が自分たちの地位を過当評価するために分類した用語であり、他の動物達は地球環境を汚染して自分たちの生活を脅かす人間を霊長類などと思っていないと思います。

いかなる動物も生命を維持する為に絶対必要な条件の第一は、呼吸、睡眠、食事であります。

人間も呼吸、睡眠、食事を確保できなければ生きることは出来ないのであります。

生き長らえるだけでは、楽しい人生とはいえないので健康に生きる為にはそれらの条件を正しく活かし、身体機能の衰えを防ぎ、精神的にも安定する必要があります。

人間が健康に生きる為には、泉の会で推奨しております次の五正訓が必須条件であります。

【正しい呼吸・正しい睡眠・正しい食事・正しい運動・正しい想念】

このどれが欠けても健康に生きることは難しくなることに間違いありません。

【正しい呼吸】

呼吸は生きる為に最優先の条件であり、呼吸が数分停止するだけで死に至る事は誰もが知っています。

箸を持つ、自転車に乗る、水泳をする、文字を書くなどいずれも繰り返し練習をしたおかげで上手に出来るようになっていくのですが、生きるために最優先で大切な呼吸は練習しなくても生まれたばかりの子供はしっかりと腹式呼吸が出来るようになっているのです。

生まれたときは自然のうちに正しい呼吸ができていたのですが、正しい呼吸の仕方や呼吸の大切さを学ぶことも無かったために、私たちは加齢と共に身体が硬くなり、肩呼吸、口呼吸、胸呼吸などの酸素を十分取り込む事の出来ない健康を阻害する呼吸法に陥ってしまうのです。

肩呼吸、口呼吸、胸呼吸は呼吸量が少なく身体は年中酸素不足状態となり、エネルギーが低下してしまうのです。

酸素は食物以上に生きるための絶対必要エネルギーであります。

呼吸が浅くなれば呼吸器関連の病気は言うに及ばず、あらゆる病気の元凶になると思われます。

血液中の酸素濃度が低下すれば酸素ボンベを携帯しなければならないほど深刻な事態になります。

息止まり(行き止まり)、息詰まり(行き詰まり)などは悪いことであり長息(長生き)は喜ばれる言葉であります。

その他にも息災などと言う言葉からしても息に災いが無いようにとの思いから作られた言葉ではないでしょうか。すなわち息が出来なければ全て終わりになってしまうのです。

医療関係者なら知っている事ですが、肺は胸部から脇部、背部まで続いておりとても大きな臓器ですが、殆どの人が肺は前面の胸部だけだと思っているようです。

人体解剖の本などを開いても肺は前面の胸部だけしか表示されていないので、肺が背部まで繋がっていることに一般の人は気が付かないのであります。

日常的に肩呼吸や口呼吸、胸呼吸などの浅い呼吸を行っていると、肺は胸部の一部分だけが収縮をして呼吸を繰り返しますので、脇腹や背部の肺まで空気が送り込まれず退化してしまうのであります。

私が考案した【肺活呼吸】を教室の会員さんにやってもらうと解るのですが、初めての方は殆どといって言いぐらい背部と脇腹の肺を膨らますことが出来ません。

背部や脇腹に肺がある事自体を知らないので動かすことも無ければ、動かそうと思っても退化して硬化しているため空気が入らないので膨らみません。

それでも繰り返し肺活呼吸を練習すれば少しずつ、背部、脇部の肺が可動してくるのが判るようになります。

人間の身体は進化の理論で、よく働かせば機能が向上する、働かせなければ機能は退化することが判明しています。

手の不自由な人が足を上手に使って色んな作業をこなしていることがありますが、これは手が使えないから足を使う訓練をして足が上手く使えるようになったのですが、手を使える人が足で文字を書いたり足で食事をすることはないと思うのです。

身体を退化させないためには毎日動かさねばなりません、動かせば機能は必ず向上します。泉の会では、身体エネルギーと氣のパワーを高める手法として肺活呼吸、腹式呼吸、足芯呼吸、新倉式呼吸などの呼吸法を推奨して、氣康教室で毎回練習を行っております。

次回は正しい睡眠

No.16 朝食をやめれば健康になれる
平成19年11月1日

人には食欲、性欲、名誉欲、生存欲、財産欲、強欲などと呼ばれる様々な欲を持ち生きております。

生存欲を失ってしまえば自殺と言う行為に発展するし、性欲にブレーキがかけられない人が犯すのが性犯罪であり、その他名誉や財産を欲しがる為に有名無名を問わず政治家から一般市民まであらゆる階級層の人たちが連日のように事件を起こしてニュースになっています。

失ってはならない欲は生存欲ですが、その他の欲は自重しなければ身の破滅を招くのです。

生存欲と食欲は同源とも思われますが、現代人の食は生存するが為の食を逸脱して美味しいものが食べたい、珍しいものが食べたいと、まさしく食欲の餓鬼となっていると思われます。

私達は生存の為に魚や野菜、動物達の命の犠牲の上に自分の命を維持している存在であり、無駄な食事をすることはそれらの命に対する礼を失しているとも言われています。

過剰な食欲は他の欲と同様に身を破滅に招くのであります。

今私達は何故食べ過ぎが良くないのか考える時が来ているのです。

私の生まれた村では昭和20年代の農家の人たちは1日4回(朝食・午前食・午後食・夕食)の食事を摂り過酷な農作業をしておりました。

山村の田畑は急な山の斜面にあり、平坦地の農業とは比べ物のならないほど重労働なのです。

食べ物も麦飯と芋が毎日の主食であり肉も魚もありませんでした。

当時の労働と食事の内容から考えますと1日4回の食事が身体を維持する為には必要な食事量であったようです。

その当時は大食する為に胃癌に罹る人が多かったのですが、山村も今では車社会になり歩く事を忘れ食事内容も都会の食事と変わらなくなって糖尿病罹患率が日本一という嬉しくない地位にランクされている有様です。

現代は機械化が進み、労働者も昔のように重労働と呼ばれる労務は殆ど無くなり、家庭の主婦も家事は掃除機、洗濯機を使い、買い物は車で行くなど身体を使う機会は極端に減少しています。

昔の人から比べると現代人の肉体労働は半分あるいは三分の一にも満たないと思われます。

今は豊かで食べ物も豊富にあり、飽食の時代などといわれるように肉も魚も牛乳、卵などいつでも食べることが出来るようになり、高蛋白、高カロリーの食事を摂り過ぎているのです。
本来なら肉体労働が少なくなった分だけ食事も減らさねばならないにもかかわらず、昔からの習慣で朝昼晩の三食を当然のように食べて、殆どの人が食べ過ぎていることすら気付いておりません。

昔から【腹八分に医者要らず】と言う言葉がありますが、本当は腹八分でもまだ多すぎるのです。

本当に健康になりたければ腹八分の食事量を守り、なお且つ朝食をやめることです。

【朝食は1日の活動の源である、朝食をしっかり摂れば健康になる】と言う説を唱えている学者先生もおられます。

これも成長期の子供に当てはめれば間違いではありませんが、万人に共通する健康法ではありません。

特に肉体労働の少ない人々は少ないカロリーで身体を維持することが可能であり、必要以上の食物を摂取すれば胃腸を含め全ての臓器に負担をかけることになるのです。

仕事も運動も勉強もその人の体力に見合った適正量でなければ肉体的には疲労が積もり精神的にはストレスが生じます。

これらは有意識で認識できるストレスなので、これを解決しようと思えば休むのが一番良いのですが休むことが無理ならば能力に見合う仕事量に減らせばよいのです。

認識できるストレスはその気になればいつでも解決できますが、問題なのは人間には無意識ストレスが存在すると言うことです。

よく冷えたビールを一気に飲む、これで内臓温度は急激に低下します。

身体を冷やすことが良くないことは誰もが知っておりますが内臓温度が下がるという認識は無いので暑い季節ともなれば冷たいものを飲食して大切な内臓にストレスを与えてしまうのです。
また朝食を食べることにより内蔵は24時間休み無く働かねばならないので大変なストレスとなっていることも知るべきであります。

労働基準法は1日1週間1ヶ月の労働時間を定めて労働者の身体を守る法律があり、雇用主は労働基準法を守らねば罰則が課せられます。

それにひきかえ毎日昼夜の区別も無く休まず働いている内臓たちは労働基準法の適用がありませんので休ませてもらえないのです。

どうしても休ませてもらえない時は病気という手段で休ませてくださいと訴えてくるのですが、気がつかない雇用主は栄養を摂れば病気が良くなると勘違いして、これが身体に良いあれが身体に良いと言っては食物を流し込むので余計に病気が悪くなってしまうのです。

夕食を午後7時に終えたとすれば、翌日の昼食まで17時間あり、夕食の時間に個人差はありますが朝食を抜けば翌日の昼食まで15〜18時間くらいの間、固形物を食べないことで胃腸を休ますことが出来るのです。

又胃腸を休ますと言うことはその他の臓器にも負担が軽くなり、臓器全体の休息が出来ることになります。

中高年ともなれば長年休み無く働いてくれた臓器を休まさねば、やがて臓器達のストレスが限界になり病気発症となるのです。

今病気の方は健康回復のために、今元気な方は健康維持のために朝食をやめて臓器に休息を与えてください。

朝食をやめて昼食夕食は腹七〜八分目一週間もすれば身体が軽くなり、便通が良くなり、朝起きが爽快になり、肥満解消にもなり体調が良くなることを実感できるはずです。

前日の夕食から翌日の昼食までの間には野菜ジュース、紅茶、生水などの飲料だけ摂る様にして下さい。

朝食を食べなくなってから20年以上になる私は病気とは無縁の身体に成っています。

学者が実行もしないで頭だけの理論だけで書いてある健康法の書物など何の役にも立ちません。実践の伴った生きた健康法こそ本当の健康法です。

食べすぎが良いか悪いか、まずはご自身の身体でお試しになれば答えは明白となります。

皆様が健康長寿で楽しい人生であるために、病気にならない生き方、病気が治る生き方、をしてくだされば幸いです。

No.15 自発動の効用
平成19年10月1日

氣の勉強をしている人なら自発動と言う言葉を知っているか、あるいは実際に自発動の体験がある人も多いかと思います。

自発動は気功の流派や先生方によりその呼び名も(自発動、自動運動、自己調整運動、活元運動)など様々な呼び名があるようです。

またある有名な宗教団体では信者に氣を流して自発動が起こると『あなたの身体には悪霊が憑依して霊が身体の中で暴れて霊動を起こしている』先祖供養をして浄霊(除霊)しなければ大変なことになると言って恐怖感を煽り多額の金品を要求するとも聞いております。

氣のことも自発動のことも全く知らない人なら簡単に騙されてしまうようです。

人は生活環境や意識の持ち方または体質などによりリラックス度も緊張度もそれぞれ異なる為に、氣に感応するレベルも違っております。

特に女性はリラックスの上手な人が多い為に氣に対する感応度も高く、氣を受けると初めての人でも自発動の出る人が沢山おられますので宗教団体などの特殊な雰囲気の中で霊動の話をされると信じてしまうようです。

自発動は特異な行動でも特別な人にだけに出る動きでもありません。

決して怪しい話に騙されないことが大事であります。
自発動は誰でも起こすことが出来る、動物の持っている能力であり、普段私達が日常生活の中で行っている欠伸(あくび)、背伸び、まばたき、なども自発動の一つなのです。

あくびは自然に身体が酸素を要求している行為であり、まばたきも目の疲れを癒すために身体が要求しているだけなのです。
全身に起こる自発動も恐れることも決して不思議な行動でないのです。

全身200余個の骨格は骨格筋で接続されてその筋肉たちの働きにより、身体は行動が出来るようになっています。

毎日休み無く働く筋肉は疲労と硬縮が重なりリラックスを待ち望んでいるのですが、意識が邪魔をしてリラックスさせないのです。

自発動は緊張した身体を緩めたいと身体が欲して起こるあくびと同質の働きであり、その事を知らない人は異様と感じたり、恐怖を感じたりするようですが決して異常な行動ではなく身体の要求している自然の働きなのです。

泉の会では氣のレッスンで立禅康という時間があり約30分間、ひたすら身体と意識を緩める時間を設けておりますが身心を究極のリラックスに導くことが出来れば全身暴れ狂うほどの自発動を発動させることが出来ます。

初めての人でも簡単に自発動の出る人もあれば、半年1年と時間をかけなければリラックスが上手く出来ない人もあり、その方の環境に大きく左右されるようです。

スタッフが氣を入れる事により自発動が出る事もあれば、自力で発動する場合もあり個人差があります。

氣を勉強する上において自発動が必ずしも必要とは言えませんが、氣のレベルアップの為にもリラックスの為にも通過点として体験があると良いのではないでしょうか。

自発動の出る前と後では氣に対する感応度も格段に違って、身体で氣を感じることが出来るようになり、自身で氣を出す能力が格段にアップいたします。

また自発動は他の体操や運動と違い頭で考えて動くのではなく、身体の欲するままに身体に任せて動くので筋力に負担をかけないのが特徴です。

リラックス状態の中で身体に必要な動きを行い、その動きは千差万別で誰一人として同じ動きをすることはありません。

繰り返し自発動を行えば肩こり、腰痛を初め筋肉の弛緩、骨格の正常化など長年の悩みが嘘のように消えてしまったと大喜びをされるのです。

病院でも治療法が無いと諦めていた女性のチック症の完治や、近視や腰痛など自発動で完治した例は数え切れないほどたくさんあります。

私の行う氣ヒーリングも自発動の助けを借りているに過ぎないのです。

腰痛、側湾症、顎関節症、など骨格系の異状は氣を入れて強制的に患部に自発動を起こさせることにより患者自らが自己調整をして症状が改善してゆくのです。

腰痛なら腰椎に自発動を起こさせ、顎関節症なら頭蓋骨に自発動を起こさせれば頭蓋骨のズレなどを自己調整がされて病院で治すことのできない顎関節症が短時間で改善されてしまうのです。

手足が自発動を起こすのは理解できても、頭蓋骨が自発動を起こすなど想像できないかもしれませんが、頭蓋骨は23個の骨が複雑に組み合わさって大切な脳を守る為に球体を構成しているのですが、何かの原因でズレが生じると頭痛や噛み合わせ不良、顎関節症などになるようです。

頭部に強制的に強力な氣を流すことで頭蓋骨の自発動が発動して今までの痛みが嘘のように消えてしまいますので氣と自発動の関係は切り離せない働きだと言えるでしょう。

リラックスをして自発動を楽しんでください。

自発動を起こせば筋肉が緩みゆがみ、ねじれ、硬縮、変異などを正常化して身体が楽になれるのです。

自発動は言葉で説明することが難しいのですが、泉の会で体験してくだされば理解できます。

No.14 健康の原点
平成19年9月1日

誰もが健康でありたいと願いながらも、なぜ病気になるのでしょうか。

病気になれば、病院、薬、手術、とお決まりもコースを歩む人が殆どであります。

運よく完治すれば何の問題もありませんが、病院で完治する病気は全体の約30%だとも言われており、裏を返せば70%の病気は病院では治らないと言うことになります。

医療技術も医療器機も進化して、今まで不可能だった心臓手術や臓器移植などによる治療でたくさんの命が助かっていることも事実でありますが、その反面生活環境の変化による生活習慣病や、癌などは治らない病気の代表となってしまったのです。

日進月歩で医学が進化したと言いながらも病人は益々増えていることもまぎれも無い事実であります。

私どもの教室にも様々な病気でたくさんの方がヒーリングを受けに来られます。腰痛などの骨格や筋肉の変異による症状は、硬縮した筋肉を緩めてやれば解決することが多いので比較的簡単に短時間で解消するのですが、内臓系の病気についてはまずその人の総合的生活環境を改善しなければ治すことは出来ないと考えられるのです。

よく胃が悪いとか、肝臓が悪いとか言われて症状のある部位のみが悪いように思われている方が多いのですが臓器の病気に単独などありえないのです。

癌になれば癌の部位だけが悪いと思って切除すれば癌が無くなったと言って済むような問題ではありません。

すべての病気は疾患の部位のみが悪いのではなく、全身病だと思わねばならないのです。

東洋医学では病気の相関性を教えております、臓器が単独で病気になるのではなく身体は全体で一つであり病巣は全体の部分なのです。

身体の大部分は筋肉と、骨、水分(血液)で構成されており、病気の多くは筋肉の硬縮、骨格の変異、血液の汚れなどから起こります。

それらの原因も睡眠不足、過労、運動不足、美食、過食、ストレスなど複合的に作用している場合が多く現代社会の宿命とも言える部分もありますが、心がけ次第で防ぐことは可能なのです。

野生動物は現代人が抱えている睡眠不足も過労も運動不足も、飽食による病気など起こらないはずです。

公園の鳩が五十肩で飛べない鳩など1羽も見たことないし、野生の猪やウサギが糖尿病や血圧で悩んでいるとも思えないのです。

私達人間も健康であるための原点は人間がどのような動物であるかを基本的なことを認識しなければなりません。

動物が健康である為にはその動物の身体の特性を理解して行動しなければ健康な身体を維持することは不可能なのです。肉食動物は肉を食べて健康が維持できるし、草食動物は草を食べなければ健康にはなれないのです。野生の動物も人間もこの地球上で生きる動物の仲間である事に変りはありません。

人間の身体の仕組みは古代から文明の進んだ現代も全く変わってはいないのです。

人間を動物分類するなら大きくは次の三類に分類することが出来るのです。

人間は哺乳動物である、人間は草食動物である、人間は脊椎動物である。

先ずはこの三点をしっかり認識して、それぞれの特性を理解して生活リズム、食生活、身体の使い方などを誤ることなく生きるなら病気知らずの人生を歩むことが出来るのです。

哺乳動物は季節により気温の高低があっても常に一定の体温を維持しなければならない動物です。体温が上がりすぎても下がりすぎても身体に異常をきたすか、悪くすれば命までも失うことになります。

人間は常時36,5度という平均体温が健康体と言われており、体温が1度下がれば癌発症の確率が数倍も高くなるそうです。

私が食料品店を営業している頃の話ですが、ある女性が毎日ホームサイズのアイスクリームと井村屋のゆであずき缶を買って帰られるので、不思議に思い聞いたところ、買って帰ったあずき缶もアイスも一人で一度に食べているとの事でした。

やがて彼女は胃がんと糖尿病になり胃の摘出手術を行い、最後は視力も失ない肝硬変も悪化して亡くなりました。

この方は病気になるお手本のような食生活をしていたようです。

冷たい飲食物は内臓温度を急激に冷やすので、癌になりたくなければなるべく冷たい物は避けるほうが良いのです。

暑い季節は冷えたビールもアイスも甘いものも美味しいのですが、彼女は大切な身体と引き換えに自分の好きなものを程度を超えて食べ過ぎたのです。

あなたの臓器を1000万円で売ってくださいと言われても売ることは出来ないと思うのですが毎日の飲食の間違いや、たかがアルコールやタバコごときと自分の身体や命を引き換えにしては身体に対して申し訳ないのです。

病気になれば家族に迷惑をかけるので、健康でありたいと言っている内は甘えがあるのです。家族の為に、人の為に健康になるのではなく自分の為に健康にならねばならないのです。

食事(粗食にする、小食にする、野菜食を多くする。朝食をやめる)

飲み物(生水を飲む、冷たいものは避ける、)

休息(睡眠を充分とる、働きすぎをやめる、夜更かしをやめる)

運動(身体を動かす、柔らかくする、鍛えるのではなく適度な運動をする)

呼吸(酸素不足にならない、深呼吸をする)

意識(くよくよしない、怒らない、憎まない、笑って暮らす)

健康に必要なことはお金がかからない、むしろ病気になる為には贅沢をするのでお金がかかる、病気になればもっとお金がかかるのです。

泉の会で行う氣康体操と呼吸法、リラックスを毎日継続すればあなたも健康になれるのです。

No.13 自由になるのは我が心だけ
平成19年8月1日

宗教的な表現をするなら、身体は両親を縁としてこの地上界で人生修行をする為の乗り物として神様からお借りしているのですと言われております。

殆どの人は身体は自分のものだと思っておりますが、ローンで手に入れた車と同じで使用者としての権利はあっても所有権は認められていないのであります。

身体は自分のものと思っていても、借り物であるがゆえに行動の自由こそ与えられていますが、肝心要の生命維持の装置や、老化現象など自分ではどうすることも出来ないのです。

神様が人間に任されているのは行動の為の随意筋を動かすことだけで、心臓や胃腸などの生命に関与している不随意筋の操縦は出来ないようになっています。

身体が本当に自分のものであれば、あらゆることが自由に操れるはずですが、借り物ゆえに自由になる範囲は限られております。

現世で手に入れた地位も名誉も財産も、現世のみで通用するものであり、いつかは手放さなくてはなりません。

魂の存在を信じる世界では、人間は輪廻転生を繰り返し魂は永遠に受け継がれていると教えられております。

魂すなわち心こそ唯一の自分であり、本当の自分であると言われております。

心とは丸い球体のようなもので、心コロコロと言いますがほんの少しの傾斜でもすぐ転がります。

自由になりすぎるがゆえに扱うのが大変難しく、不動心を養うなど並大抵では出来ないのです。

身体には肉体機能的にも、また法律や社会的制裁などルールや道徳など外部からの様々な制限が課せられており、やたらに自由気ままにすることは出来ないようになっておりますが、心にはそれらの制限が無い為に、あらゆることが自由になるのです。

時間も空間さえも超越して自由になれるのは自分の心だけであります。

良いことも悪いことも含めて何を思っても、この世的には何の賞罰もありません。

心の中では泥棒も強姦も殺人も全く自由に行うことが出来ます。政治家のように言う事と行うことの一致しない人のことを、言行不一致すなわち嘘つきと言います。

嘘の上手な人は簡単に人を騙すことができますが絶対騙すことができないのは自分の心であります。

この自分で絶対騙すことが出来ない自分の心を良心と言います、良心こそ自分の邪悪な心を戒める本当の自分なのです。

大悪人も良心は必ず持っているのですが、自分の思っていることを良心に問いかけることを忘れたか無視したかのどちらかではないでしょうか。

心は法律にも会社にも隣人にも何一つ制限されるものはありません、無制限に何の障害も無く自由に操ることが出来る自分の心を自分でコントロールする物差しは良心であると言えます。

気康的に考えるなら悪しき想いには悪しきエネルギーが発生するので、怒り、憎しみ、恨み、不平、不満、などが高じると身体に連動して病気になる可能性が高くなります。赦すは人の為ならず、赦す心で自分が楽になれるのです。

身体をコントロールしているのも心であり、その心が乱れれば身体に不調が来てしまいます。

私達は社会生活を通じて愛や感謝の心を養うことが人生修行の目的ではないでしょうか。

その基となる心をコントロールするのは自分でしかありません。

少しぐらいの坂道でも転がらないような,確固たる心を養う為に気康を継続したいものです。

No.12 病人が減ると困る人もいる
平成19年7月10日

病院が足りない、医師や看護士が不足していると、よくマスコミなどに取り上げられて話題になり、政治家やお役人は不足しているものを補うことにだけ目を向けておりますが誰一人として病人を減らすことに着目しないのは何故なのかと不思議に感じる人もあるのではないでしょうか。

日本政府は昭和30年代に瀬戸内海などに多数存在していた塩田をすべて廃止させて、最近まで専売法という悪法で天日塩の製造を禁止して専売公社の食塩と名前の付けた化学物質を全国民に食べさせることにより、日本国中に溢れるほどの病人を生み出すことに成功したのです。

塩は人の健康維持には欠かせない重要な物質であり、この重要な塩を科学塩に取り替えることで人の健康を左右することが出来るからです。単一の食品だけで国民の健康状態を操作できるのは塩だけであり、塩なら簡単に管理できるからだと思います。

戦後西洋医学の急速な発達により病院を増設する必要があり、病院を増やし医師を増員しても病人がいなければ病院経営も医師の給料も払えないので、政府は病人を増やす必要があつたのです。

近年になって民間による天日塩の製造販売が解禁になりとても喜ばしいことだと思います。

今まで長年にわたり専売公社の化学塩しか認めなかった政府が何故今頃民間の天日塩製造販売を容認したのかと考えるなら、このまま国民に化学塩を食べさせ続けたなら、益々病人が増えてしまい、病院や製薬会社が儲かることは良いのですが健康保険がこれ以上赤字に耐えられない状態まで追い込まれているからだと思うのです。

病人を増やす政策には医薬品会社からの働きかけもあったのではないかと憶測する事も出来ます。

病人がいなければ儲からない、薬を飲むことにより二次的三次的に病気を生み出してまた次の薬が売れる仕組みになっております。

政治家は病人を減らす政策を何故出来ないのでしょうか。
病院を増設しようといえば建設業界が潤い、選挙時の強い味方となり得票に繋がります。

当然あの絶大な勢力を持つ医師会も製薬会社も保険業界も、病人様は大切なお得意様なのです。

その大切なお得意様を減らすなど恐ろしいことを政策に掲げる政治家などは一大勢力のある医療業界から総スカンを食わされるはずです。

病人が減れば困る人たちがたくさんおられることは紛れも無い事実です。

議員先生も選挙の得票に繋がることは政策に掲げますが、いかに国民のためになる事でも得票損失となることなどは考えもしないと思われるのです。

国民の為ではなく自分の為に働いているから正しい判断、適切な政策が謳えないのです。

国民の為に働くと思う清廉な心があるなら数百人もいる議員先生の一人ぐらいは、病人を減らす為の政策を発表してもよさそうに思うのは私だけでしょうか。

病人が増えれば儲かる人たちも自分が病気になれば辛いはずですが他人が病気になっても少しも困らないのが本音であります。

政府は私達の健康など毛頭考えていないと思った方が良さそうです。

病気になって困るのは自分自身なのです。自分の健康は自分で守る、人に頼っても健康にはなれないのです。

長寿国なればこそ生涯現役を目指して健康になる為の勉強と努力を日々怠らないことであります。

No.11 バランスの良い食事は身体に悪い
平成19年6月12日

世間一般で多くの人が常識として信じて、これが正しいと思っていることの中に間違っていることの多いのが健康法です。

それも権威ある医師や教師でさえも自分で検証することも無く、盲目的に大衆に伝えてしまうので少数の正しい論理など消されてしまうのが残念であります。

私は幸か不幸か若くして病気を体験したおかげで、以来健康法に興味を持ち20歳の頃より自然食関係の著書を数多く読み、健康の基本は食生活にあることを学びました。

肉も骨も筋肉も血液も肉体のすべては飲食物のエネルギーから必要な細胞として創成されています。したがってエネルギーの欠落した食品を食べても身体とっては消化の為に内臓負担が増加するだけで害にこそなれ益とはならないのです。

よく耳にする言葉で『バランスの良い食事をしましょう』と言われておりますが、これも間違いの代表的な常識であります。

バランスの良い食事とは一般的には野菜、魚、肉、牛乳、卵、海草など要するに何でも食えば良いと教えているのです。

何でも食えばよいなどと言うのは全く無責任な教えではないでしょうか。野生の動物達は人間の言うところのバランスの良い食事などしておりません、牛は草ばかり食い、ライオンは肉ばかり食って健康を維持しているのです。

牛には牛に適した食物が草であり、ライオンに適した食物が肉であり彼らは、いかに空腹になろうとも牛が肉を食べる、ライオンが草を食べるなど愚かなことは決してしないのです。

人間は食欲と言う欲から離れることが出来ず、あれも食べたい、これも食べたい、それも美味しい物を食べたいと考えています。

人間に適した食物が何なのかは自然界の動物の姿を見れば一目瞭然であります。

野生の動物達は自らの能力で自然界から取得できる食物のみで生きており、自分で獲得できない食物を食べることは無いのです。

このような自然界の姿から学べば、いかに人間が能力以上の物や自然界に存在しない物質を製造して○○食品と名前をつけた加工品毒物を食べているかお判りになると思います。

毎日食品と言う名前の毒物を食べて、病気になれば薬と言う名前の毒物を服用させられます。

健康になるには食事の質や食べ方、食事量などに大変重要な関係があります。

バランスの良い食事などと言う耳障りのいい無責任な言葉に騙されてはなりません。

人間は人間に適した食生活をすることが正しい食生活であり、自分の健康を守るためには毎日の飲食する食品は身体が喜ぶ食品を選ぶべきであり、決して食い意地の張った口が喜ぶ食品ばかり食べてはならないのです。

昼夜休み無く働いている、あなたの胃腸さんにも少しは休息をさせてあげましょう。

No.10つながり
平成17年8月10日

自然界も人もつながりの中で生かされている。雨が降り植物が育つ、虫が植物の葉を糧とし、小鳥が虫を糧とする、小動物を肉食獣が食い、肉食獣は最後に蟻や鳥たちの糧となる、自然の営みは寸分の狂いも無く永遠の連鎖で運行されている。

人も自然界の一員であり、連鎖の法則に逆らうことは出来ないのです。両親の縁により、この世に生を享け親子のつながり、兄弟姉妹のつながり、成人すれば伴侶を得てやがて人の親となる、家族、学校、職場、地域あらゆるところで人はつながる。昨日まで見ず知らずの人と、何かの縁でいきなり親しくなることも良くあります。言葉の通じない外国の人とも親しくなることも出来ます。

私たち人間は神の子と言われております、もし私たちの親が神様であるなら、世界中の人達が兄弟としてつながっているのではないでしょうか。今世紀の地球に乗り合わせた仲間という考え方もあります。兄弟や仲間同士なら助けいたわり補いあうのが当然ですが、憎しみ、恨み、奪い合いの争いが絶えません。

大きくは国政や宗教がからみ、小さくは個人問題まで醜い争いが起こります。このような争いをご先祖様も神様も喜ぶはずがありません。知能、理性などを与えられている人間ですが他の動物からみれば、我欲の塊ではないでしょうか。なぜなら人間は決して他者に命を与ることなく、他者の命の犠牲でのみ生きられる存在なのです。他の動物たちは自分の命も他者に与えている尊い存在なのです。他者に命を喜捨できない私達は生かされていること自体を感謝しなければなりません。自然界のつながり、人とのつながりに感謝の心を報恩しなければいけないのです。

自分に出来ることから愛と奉仕の心を持ち、行為として実践したいものです。
みんな仲間です、怒り、憎しみは心と身体を傷つけます。つながりを大切にいたしましょう。

No.9正しい座りかた
平成17年7月16日

近年は生活の洋式化で床に座るということが極端に減ヘってしまい正座の出来ない人が増えております。職場も家庭も大部分は椅子での生活になり、正しい座りかたが出来ない理由、正しい座りかたを親や先生に習う機会が無いことも原因の一つですが、股関節が硬くなり正しく座ることが出来ない人が大変多くなりました。

泉の会にこられる会員さんも最初は1割以上の方が不安定な座り方をされます。稽古の始めに行う準備体操の中に、正座をして行う動きを取り入れてありますので不安定な座り方はすぐ判ります。座り方を指摘してあげると、初めて自分が正座も出来ない硬い身体に成っていることに気付くのです。

生活様式が変われば、身体を使う部位も変化して退化するようです。考えねばならないのは、時代が変わろうとも生活様式が変わろうとも人間の身体は太古の昔から変わってはいないのです。出来て当たり前の動きが出来ないとなれば、当然何らかのマイナスになります。人の身体は全体で1個であり、単に股関節の可動が悪いだけで済むものではありません。手指が硬くなれば首、肩が硬くなり、視力が低下します。足首が硬くなれば、股関節が硬くなり歩速が遅くなり転倒怪我などにも繋がります。そのように身体中をインターネットをはるかに越えた神様の力でネットワークされているのです。

不安定な座りは身体の歪みを引き起こします。正しく思い、正しく座り、人の話は正しく聞き、自らも正しく語りたいものです。

No.8正しい意見
平成17年6月25日

世の中が複雑になればなるほど、様々な情報が交錯して何が正しいのか間違っているのか、その判断が難しくなります。

議会制民主主義の日本ではあらゆる場面で多数決という方法で物事が取り決められ、少数意見は切り捨てられるようになっているのです。そこには正しいか間違っているかの基準ではなく、利害関係で損得を考えて利益を得られる人が多数であればその意見が正当化されてしまうだけなのです。

いかにに正しくても少数意見が多数意見を覆すことはできないのです。本当に正しいとはそれぞれ立場の違いなどで判断の難しいところですが、自然界も動植物も人類も誰もが被害を受けず向上につながることが正しいのではないでしょうか。

人間世界だけ、あるいは一部の人達の利益のためになされる自然破壊や争いは決して正しいとは言えません。それぞれが自分の狭い立場で判断しないで、人間として自然界の一員として、永遠の生命体としてものの善悪を判断するべきときなのです。

このまま金銭的損得で世の中が進んで行けば、私たちの住む地球が崩壊するかもしれないのです。

正しいと言うことは多数決で決めるべきではありません。本当に正しいかどうかを判断すべきなのです。

暫く忙しくて気になる話を中断しておりましたが最近時間が持てるようになりましたので時々更新いたしますので暇つぶしにでもお読み下さい。

No.7氣康の目的
平成17年3月1日

人はそれぞれ目的を持っている、中には何の目的も持たず惰性で生きているような人もいないではないと思うのですが殆どの人は、学校で、家庭で、職場で、それぞれの目的を達成するべく努力をしているのです。

それでは気康の目的は何でしょうか。

教室で同じ気康の稽古をやっていても人それぞれ目的は違います。

趣味としてやられている方もあれば、ご自身の健康のため、また気康能力を高めたい人、それらの目的が重複している方など様々です。

気の力で多くの病や障害を改善することは可能ですが有限の命を無限にすることは出来ません。

人はやがて死というこの世とあの世の壁を通過せねばならないのです。肉体を持っている私達は怪我や病気で苦しむこともあります。そんな時に気康による癒しを大いに役立てるのも気康の目的ではありますが、気康を学ぶことにより愛や感謝や奉仕の心を養うことはもっとも大切なことではないでしょうか。

人は死を迎えたとき自分の心の段階に合ったあの世にいけるそうです。地獄の閻魔さんが裁くのではなく自分自身の心の明るさが行き先を決めるのです。健康とは健体康心という語源が短縮されたものです。『健やかな身体、康らいだ心』、本当の意味で気康を通じて健康になりましょう。

No.6形より中身が大切
平成17年2月9日

古来日本では建設工事などで工事の安全祈願や土地の浄化のために神主さんがお祓いをする習慣があります。

お祓いという神事は邪気を祓い清める為でありますから、当然神主さんはその土地に憑いている悪霊などの邪気を取り除くことが出来ねばなりません。

気康的に考えるならば気の達人でなければならないのですが、儀式としてのお払いは出来ても本当に邪気を祓う目的を達しているのかどうか、疑問の残るところであります。

また死者に引導を渡す僧侶も本来は悟りを開いた法力のある者が行うべきで、これも同じくセレモニーとしか思われません。

悟りとは般若心経の文言にある観自在菩薩の段階(すなわち過去、現在、未来までも見通すことが出来る神通力が備わった方)に到達された聖者を悟られた方と称するそうです。

私たちの行う気康もこだわった形や理論的知識をいかに豊富にしても行うことが儀式で終わっては何の意味も無いと考えております。

実践の稽古で気を養い気を発したりコントロール出来る力を修練して様々な症状に対して気を整えて気の流れをよくすることで、医療機関では匙を投げられたような難病も癒してしまう驚異的な能力を高める事が可能です。

癒しの気は愛と感謝の意識を源として、身体のあらゆる部位のみならず、視線、呼吸、言葉、など発する方法も多岐にわたり、癒しの数だけその人にあったエネルギーの種類を創り出せばよいのです。

決して中身の伴わないセレモニーであってはなりません。

No.5口に五十肩症状は起こらない
平成16年12月26日

お正月になると必ず食卓に出てくるお餅も、つきたてのときは軟らかいのですが、時間の経過と共に硬くなる→ひび割れ→カビの発生と変敗を起こしてやがてゴミ箱行きとなります。

赤ちゃんが自分の足をなめている姿を良く見かけますが、誰もが生まれたときは軟らかい身体と柔らかい心を与えられていたはずですが、日頃の手入れを怠った為に加齢と共に身体は硬くなり心は我欲の為に汚してしまい痛みや病気の原因を自らが造りだしてしまうのです。

柔軟な心身こそ健康を維持するために不可欠な要素なのです。身体の痛みは筋肉の緊縮が起こり痛みを発生して可動を妨げるのです。その解りやすい例が五十肩で、肩腕の動きが制限され痛みが伴い長引けば半年〜1年も苦痛が続きます。

五十肩が起こるの考えて見ますと日常生活で腕の可動範囲は目線より下の前方ばかりで腕を上に上げることも後ろに動かすこともやっていない為に肩甲骨を動かしていないのです。腕を大きく動かすことにより肩甲骨も動きます、肩甲骨が背中に張り付き可動しなくなります。

首、手足の先から体幹部まですべての関節のロックを解除してしまえばよいのです。某整形外科医の言葉ですが『足腰痛くなるのは動かさんから固まって痛くなるんやで、口は毎日動かすから年寄りでもよう動くやろ、薬飲んでも病院が儲かるだけで足は動かさんと治らんのやで』と患者さんに教えるのですが患者さんは薬が貰えないと安心しないそうです。毎日動かす口にはコリは起こらない、動かしすぎると災いはおこるかも。

No.4近視、老眼は気康でよくなる
平成16年11月28日

泉の会を開講して毎月のように新しい発見があり、私自身が驚いている。気の力により子供の近視を簡単に正常化できることは早くから解っていましたが、年齢により限界があり老眼は老化現象の結果なので改善することは不可能だとばかり考えていたのですが、それは間違いだと気付かされる事例が多数続出しております。

最初は現在56歳の男性会員さんが教室で通常の稽古をするだけで(特に視力治療はしていない)それまで0.4だった視力が自然に0.8まで回復していることに気がつき、私が目に気を注入すると1.2まで上昇したのです。

次は76歳の女性会員さんは女学校時代から視力は0.1以上になったことが無いとのことですが、今イは1.0が維持されていたり、82歳の男性会員さんは趣味で仏像彫りをされているのですが、拡大鏡を使わないと作業が出来なかったのですが今では拡大鏡が邪魔になるそうです。

その他継続されている会員さんからは総じて視力アップの報告を受けております。今までの常識はすべて捨て去らねばなりません。

十字式健康法の書物で読んだことがあるのですが、その先生は『人間は髪と爪が伸びるうちは回復の見込みがあるので諦めてはならない』と説かれています。
これはあらゆる医療関係者に聞いていただきたい名言です。自分が治せないことと、治らないことは別であるにもかかわらず、すぐに治りませんと言って患者の治りたい、健康になりたい気持ちを壊し夢も希望も摘み取ってしまうのは良くないことではないでしょうか。私自身も数年前パソコンを始めて飛蚊症になり眼科に行くときっぱりと『飛蚊症は治りません』と宣告されましたが医者が治せないなら自分で治そうと工夫をして、2年ほどかかりましたが今ではほとんど回復しております。

治らないのではなく、自分の技量では治せないだけなので他に可能性がある限り、あらゆる医療関係者は治らないと簡単に口にすべきではないはずです。
私なら『私の技術では治す事ができませんが他に良くなる方法が有るかもしれませんので諦めないでください』と伝えたいと考えております。

今まで健康とは無縁で病気のデパートみたいな人でも何かのきっかけで健康になれるのです。健康になりたい方は泉の会までお越しください。

No.3気康と健康
平成16年10月10日

近代医学が進化して、今まで助からなかった怪我や病気が助かるようになり、衛生管理も向上して世界の長命国となりましたが、全員の寿命が伸びたのではなく、統計による平均年齢なのです。

乳幼児の死亡率が大幅に減少し、戦などによる若年層の死亡が無くなったのも要因であり、100歳の人と0歳の人が死亡すると平均寿命は50歳になります。今までは子供や若者の死亡が平均年齢を引き下げていただけで、昔から長生きをしている人は大勢居られたのです。

これからは、お迎えの抽選から外れると100歳ぐらい迄生きねばならないかも知れ無いのです。

人は長生きが目的ではなく、いかに充実した人生を全う出来るかが問題ではないでしょうか。

老人大国となりつつある時代を生きねばならない私達は、残された余命を無駄なく生きるにはまず健康であるべきです。健康であればこそ出来ることは沢山あります。家族にかける迷惑も少なくてすみます。

健康への条件は、正しい心、正しい食事、適度な運動と休息です。

身体の総司令官である心が正常に働かなければ病気を造り、肉体細胞を生成する。食が悪いと健全な肉体を維持できません。

又その肉体機能を正常に動かすには、身体を緩めて気をめぐらすことなのです。

気とは生命ネルギーとか宇宙エネルギーとか神秘めいた説が多いようですが、目に見えない世界ですから、これらの諸説の真否を確かめることは出来ませんが、自分の意識によって発生させることが出来ることは確かです。したがって泉の会では気は意識エネルギーと考えております。

氷のように硬くなった心と身体緩めて気の流れ道を作ってやると細胞が活性化すると言われています。冷え性で悩んでいた人の手足が暖かくなり、肩こり、腰痛、近視など日常的な症状は教室で通常の稽古をするだけで改善されます。

病院ではどうすることも出来ない慢性病などの克服なども可能です。私達は有限の命をいつまで生かされるのか答えを知りません、定めの無いゴール地点をめざして健康に生きねばならないのです。

病気は人任せで治るものではないのです、自分を大切にする心が治すのです。

No.2気の出る身体
平成16年9月7日

気は誰でも持っている、しかし大きく育てる方法が判らない。気が使えるようになるには厳しい修行が必要なのかとよく質問されることががあります。気の大家と言われる先生の書物には確かに長年の修行で気は養われると書いてあるので、今から気の勉強をはじめる方にとっては一番気になるところです。

気という特殊性、神秘性に値打ちを持たせる為かも知れませんが、指導者や練習方法により上達の期間はまちまちとなります。

スポーツや武道など身体を使う芸事は書物を読んで学問だけで上達することはありません。気の世界も知識だけで上達はあり得ません、身体で理解することが必要なので、個人差がかなり出てきます。

上達のコツはなんと言ってもリラックスにつきるのです、肩に力が入っては気の力は半減します。見えないものを、信じられる素直な心で学ぶことが大切です。気で人を押したり、引いたり動かせるようになると、かなり自信がついてきます。

最初は手で気を出す練習をやります、次に頭、肩、腕、胸、背中と次第に気を出せる箇所を開発してゆきます。全身至る箇所から気の放射が出来るようになれば、癒しのレベルも格段に上アがり治療方法も応用が利くようになれるのです。

肩こり、腰痛など初歩的な治療は数回の受講で可能になります。内臓疾患は身体の内部まで気を差し込コむことが必要なので多少時間を要しますが、気は決して超能力ではありません、誰でも習得できる特殊能力です。

このページをご覧になったあなた、あなたも出来る癒しの気康をぜひ習得してください。

No.1気について
平成16年8月14日

文明の発達と共に私たち人類は、神様から授かった多くの能力を失ってしまいました。文字や言語の通信手段の乏しかった神代の時代には、人類は直接神様と交信が出来たそうです。穢れを知らない綺麗な人々の心も時代と共に自我、我欲が心を曇らせ、神様と交信できなくなりました。

今では予知能力や霊能力、前世の記憶などは特殊能力と思われていますが、古代人にはごく普通の能力であったようです。医学知識のない古代の医療は自然界の草木を利用したり、祈祷、手当療法などが行われたようです。

お釈迦様やイエス様が病人を癒した奇跡も、現在私たちが行う気康療法も、まったく同質のものではないでしょうか。良くなって欲しいと真摯な気持ちで念じ、エネルギーを注入すれば、普通の私たちが、お釈迦シャカ様と同じことが出来る様になれるのです。

気の存在やその力を知らない人は、私たちの気で腰痛や骨折、近視などが目前で回復すると、不思議に思われるようですが、気の世界では日常的な光景なのです。

病気とは気が乱れるから病気になり、逆に気を整えてやれば病気では無くなるのです。気を巡らすには、脱力して全身リラックス、頭をまっすぐ伸ばし天に垂直に立つプラス思考に前向きになどと考ええることも邪魔なのです。

何も考えない、何もしない、ただひたすら脳を休める、脳を働かせない、ゆらりゆらりと宇宙を漂うがごとく脳も身体も脱力させて揺れていれば良い。

考えない,頑張らない、何もしない、求めない、古代人の心になればよい。

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